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第14章 二年次・12月(6)
持っていたチューハイの最後の一口を飲み終えたので、高志は立ち上がって新しい缶を取りに行った。だいぶ頭も冷え、おかしな雰囲気も消えつつあった。
もうそろそろぷよぷよを再開してもいいかもしれない。そう思いながら戻り、茂の横に座ると、茂が呼び掛けてきた。
「藤代」
「ん?」
「キスする?」
「は?」
高志は思わず声を上げる。
「何で」
「口直し?」
「何のだよ!」
「それか、友情の再確認?」
そう言えば、こいつは酔うとキス魔になるんだった。高志は警戒しながら聞く。
「また彼女とキスしてきたのか」
「今日はしてない」
「じゃあ何で」
「いいだろ、別に」
そう言うと、茂は少しだけ笑みを消して、高志の方に手を伸ばしてきた。高志が思わず身をすくめると、茂の手が高志の目を覆う。
「……彼女のこと思い出してていいよ」
茂が小さな声で言う。思いもよらない言葉に、高志は身を引くより先に首を振った。
「もう思い出したくない」
硬い声で言った高志に、茂が囁くように返す。
「じゃあ、上書きしとけ」
「――」
何を言う間もなく、視界を奪われた高志の唇に茂の唇が触れた。高志は思わずぎゅっと目を閉じる。しばらくして唇が離れる。
「……できた?」
「お前――」
高志が言い掛けるが、その言葉ごと飲み込むようにまた唇が重なった。代わりに目を覆っていた手の熱が消えた。高志が薄目を開けると、唇が離れる。
「……嫌ならちゃんと言えよ」
そう言いながらも、高志の返事を聞かずにまた茂が唇をふさぐ。
最初の恐慌が過ぎると、高志は徐々に体の力を抜いた。その気配を感じたのか、茂がまた唇を離す。息がかかるくらいの位置で様子を伺っていたが、高志が何も言わないのを見て、また近付いてくる。茂が笑った気配がした。
茂の唇が高志の下唇を軽く挟んで重なる。湿ったものが下唇に触れた。高志が無意識に口を開くと、そのまま高志の唇の隙間から入ってくる。
「……っ」
高志は思わず片手で茂の肩を掴んだが、茂は離れなかった。仰け反る高志の後頭部をその手が支える。茂の舌がゆっくりと蠢き、高志の舌に絡み合う。水音がたつ度に羞恥心でぞくぞくする。
こいつ、少し前まで未経験だったくせにどこで、と腹立ち紛れに考えかけて、佳代のことを思い出した。やばい。慌てて打ち消す。もしかしたら今カノかもしれないが、見たこともないから現実味がない。やばい。想像するな。居たたまれない。もう駄目だ。
「――」
高志が首を振ると、ようやく茂が離れた。
すぐに身を離し、片手で顔を隠す。少し呼吸が乱れているのすら気まずい。
「……上書きできた?」
含み笑いと共に、茂がまた聞いてくる。
「お前……舌入れんなよ」
「ごめん」
笑った気配のまま、茂が答えた。
「藤代。なあ」
「……」
「ごめんって」
「……恥ずい」
「はは。俺は平気」
「お前な……」
一つ息を吐く。体勢を立て直して胡座を組んだが、無意識に項垂れる。
「気持ち悪かった?」
「……そんな暇ない」
「暇の問題なんだ」
そう言って茂はまた笑ったが、その後はもう何も言わなかった。黙ったまま、高志が落ち着くまで横に座って待っていた。
高志はしばらく時間をかけて落ち着きを取り戻すと、無言でコントローラーを手に取った。それを見て茂もコントローラーを手にする。
それからまた対戦を始めた。
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