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第22章 四年次・4月(4)
その日、茂は思い出したように何度もキスしてきた。キス自体にはもう慣れていたが、その裏にあるかもしれない茂の気持ちを考えると、高志は落ち着かない気分になった。キスならただの友人だった頃にもしていたから、そのノリなのだろうと考えようとした。それ以上は何も言って欲しくなかったし、何も求めてきて欲しくなかった。きっと何も言わないだろう、そう無理やり自分に言い聞かせ、高志は努めて意識しないようにした。
交代でシャワーを浴びる時、茂はいつも高志に先に入らせる。今日もやはり高志が先だった。入れ違いに茂が浴室に入ると、高志は冷蔵庫から取り出したチューハイを飲みながら気を紛らわせた。この後もう少しだけ話をして、早めに寝てしまえばいい。キスならしてもいいから、だから頼むからそれ以上は何も言わないで欲しい、と高志は切実に思った。
窓は開いているが、6月の夜はもうかなり暑い。裸の上半身にタオルだけ被って、高志は部屋の隅に置かれていたノートで体を扇いでいた。
「暑い?」
しばらくしてバスルームから出てきた茂に聞かれ、高志が「蒸し暑いな」と答えると、茂が窓を閉めてエアコンをつける。ノートで生温かい風を自分に送り続けながら何気なく茂を見上げていると、座卓のそばに座るかと思った茂は、そのまま高志の前まで来て膝をついた。高志の肩に手を置いて、顔を寄せてくる。
何度か唇を合わせた後、今日初めて舌が触れた。それは久し振りの感触だった。そこに余計な感情を見出さないように高志は意識した。
キスは徐々に激しさを増し、肩に置かれた茂の手に押されるようにして、体が傾き、高志は片手を体の後ろについた。
「……藤代」
茂が唇を離して高志の首に両手を回す。茂の湿った髪が頬に触れる。茂のTシャツ越しに体温が伝わってくる。
「……して」
茂の声が耳元で聞こえた。
「――」
一瞬の既視感があった。
自分恐れていた言葉を躊躇いもなく口にするんだな、と、妙に冷めた頭で高志はそう思った。茂が体を離し、高志の顔を覗き込んでくる。高志も黙って見つめ返した。
ずっと見てきたいつもの茂の顔だった。高志の中に親しみを想起させる、よく知ったその顔を、当たり前だが高志は性的な目で見たことはなかった。今だってない。その顔は大切な友人の顔だった。親友のその顔が高志は好きだった。
「……痛いんだろ」
高志がやっとのことでそう言うと、茂はいつものように笑う。もちろんその笑顔も高志はとても好きだった。その顔は楽しさや安らぎを与えてくれる。いつだって惜しげもなく自分に与えてくれる。それでもやっぱり、それは決して性欲には結び付かなかった。
「前みたいにやってよ。お前の指で」
見慣れた笑顔から発せられたその言葉に、戦慄にも似た違和感を覚える。その表情に浮かぶ親密さはいつもと同じなのに、不似合いなその言葉はいつにも増して高志の理解を越えていた。
「お前の考えてることが全然分からない」
思わず高志がそう言うと、
「俺だってお前のことは分からないよ」
と茂が答えた。嘘だ、お前だったら見抜いているんじゃないのか、と心の中で反駁する。俺だけがいつもお前を理解できていない。
あの日から今まで、茂は何を考えていたのだろうか。自分と同じ結論に達したと思っていたのは全くの見当外れだったのか。
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