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第26章 四年次・12月(1)

 その月曜日、夜に茂からメッセージが来た。 『明日、夜あいてる?』  読んですぐに、試験結果が12月中旬に出るという茂の言葉を思い出した。 『あいてる』 『じゃ飯行こう』 『いいよ』  それから何度か遣り取りして、翌日の夜に一緒に食事する約束をした。  茂が指定した店は、大学前にある小洒落た居酒屋だった。約束の時間に行くと茂は既に店の前で待っていて、高志に気付くといつものように笑い掛けてきた。 「藤代。お疲れ」 「お疲れ」  返事をしながら、ふと高志はその表情に違和感を覚える。何となく無理に笑顔を作っているように見えた。あまり良い話ではないのだろうか、という一瞬の嫌な予感を振り払う。  中に入ると、小さな個室に通される。先に飲み物の注文を促されたので、ビールとチューハイを頼んだ。 「俺、この店初めて来た」  上着を脱ぎながら高志がそう言うと、茂が、 「小さな個室ばっかりだから宴会とかには向かないけど、少人数だと落ち着くんだよな」 と答えた。確かに、静かに話すには良さそうなところだった。  何となく辺りを見回してから向き直ると、目の前に座った茂と目が合う。 「お前と飯食うの、何か久し振りだな」 「うん」  高志の言葉に、茂も笑って頷く。メニューを手渡されたので、適当に食べたいものを選び、ドリンクを運んできた店員にオーダーした。茂がグラスを手に取り、差し出してくる。 「とりあえず乾杯?」 「何に?」  思わずそう返した後で、しまった、と思う。茂が切り出すまでは何も聞かないつもりだったのに。  しかしそんな高志を見ながら含み笑いした後、茂が少し勿体ぶってから言った。 「――試験合格に?」 「まじか!」  高志は声を上げる。 「はは。うん、受かってた。二科目とも」 「お前すげえな!」  がちん、と威勢よくグラスをぶつける。自分のことのような興奮を感じて、顔が自然と緩んだ。 「おめでとう。良かったな」 「うん、ありがとう」 「お前は受かると思ってたけどさ。早く言えよ。ちょっと焦っただろ、さっき何か暗い顔してたから」 「そうだった?」  笑ったままそう答える茂の表情が、やはり何故か少し暗く見えて、高志はまた少し気になったが、気付かないふりをしてチューハイに口を付けた。  しばらく当たり障りのない話をしながら、運ばれてくる料理を食べる。 「今、一つ結果待ちのとこがあってさ。試験結果が出たら教えてくださいって面接の時に言われてたから、昨日電話で伝えといた」  久し振りに茂の口から就活の話題が出る。 「へえ。良かったな、いい報告できて」 「本当は、先月も一つ内定もらったところあったんだけど……結局、そこは辞退したんだ」 「え? 何で」 「何かブラックっぽくて」  話してくれても良かったのに、と思った高志の気持ちを読んだように、茂が言う。 「お前に相談しようかとも思ったんだけどさ。言いにくいだろ、行った方がいいともやめた方がいいとも。他人の就職の話になんて、軽々しく」 「ああ……まあ、そうかもな」 「だから、自分で決めないとなと思って。……迷ったんだけど」 「ブラックってどんな風に?」 「まず給料が安くてさ。まあそれは別に珍しくもないんだけど。やっぱ資格取るまでは修行中みたいな扱いも多い業界だし。でも、その月給の中に固定残業代が何十時間分か含まれてて、実際残業も多いみたいで。そしたら多分、勉強も充分できないだろ。そんでいつまでたっても試験に受からないままで、金も貯まらなくて、そのうち抜け出したくても抜け出せなくなりそうな気がしたんだ」  茂の話を聞いて、高志はワーキングプアという単語を思い出した。 「ボーナスとかもなし?」 「ないよ。賞与も退職金も、あと社会保険もない。個人事務所だから」 「へえ……それは、やめといて正解かもな」 「だよな。それも勉強代かとも思ったんだけど……」 「それがその業界で普通って訳じゃないんだったら、無理して行く必要ないんじゃないか。もっと将来に繋がる働き方ができるところがいいって思ったんだろ」 「うん……勉強を犠牲にして仕事だけこなしても、あんまり意味ないかなって」 「変に安売りしなくても、お前だったらもっといいところあるって。今返事待ちのところだって、候補に入ってるから試験結果も知りたかったんだろうしさ。両方受かってるなんて最高の報告だし。見込みあるだろ」 「だといいけどな」  茂はまた笑顔を高志に向けたが、そこにはやはりかすかな違和感があった。

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