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第26章 四年次・12月(3)

 その後、二人とも殆ど何も話さないまま、少しずつ飲み物を口に運んだ。  いよいよグラスも空になった頃、そろそろ店を出ようと切り出すことができたのは茂の方だった。高志はまだ終わりたくなかったが、このままここにいても沈黙が続くだけなのも分かっていたので、結局席を立った。  会計は茂が持った。高志は合格祝いに自分が払うと言ったが、茂はどうしても高志に払わせようとしなかった。 「……じゃあ、次に会えるのは卒業式か」  店を出たところで高志がそう言うと、茂は曖昧に笑って頷いた。 「……かな」  そこで、またしばらく黙ったまま立ち尽くす。夜の大学前通りはもう人通りもまばらだったが、それでも離れたところから学生の笑い声が聞こえてきた。 「――じゃあ」  やはり、沈黙を破ることができたのは茂だった。高志も頷く。 「……うん」 「元気でな」  そう言って、茂は踵を返した。駅に向かう高志とは反対方向だった。高志も少し遅れて駅へと歩き出す。足が進まない。数歩歩いてからつい振り返ると、視線の先には、もうとっくに歩み去ったと思っていた茂が、思ったより近い位置で、同じように振り返ってこちらを見ていた。 「……細谷?」  眉根を寄せてぎゅっと口を結んでいるその表情に、高志はつい声を掛ける。それが合図だったかのように、茂が足早にこちらに戻ってきた。高志が一歩を踏み出す前にたどり着き、高志の腕を掴む。 「――細谷」 「藤代、ごめん、あの時」  茂の目に涙が膨らんでいた。零れそうだ、と高志が思った瞬間、一筋が頬を伝って落ちる。 「これで最後だって言ったのに、ごめん……もう一回だけ最後に」  キスしたい、と言う茂の声が聞こえるか聞こえないかのうちに、高志は茂の腕を取ると、さっき出てきたビルの壁際まで引っ張っていった。そして、驚いたようにこちらを見上げる茂の顔に自分から唇を寄せた。 「――」  触れた茂の唇がかすかに震えているのが分かった。しばらくして、そっと離す。高志が茂の顔を覗き込むより早く、今度は茂の方から口付けてきた。嗚咽を堪えられなくなった茂が震える唇を離すまでの短い時間だけ、最後のキスは続いた。 「……う……っ」 「……細谷」 「藤代……ごめん」  顔を伏せて何とか息を整えようとしながら、茂が声を絞り出す。それから涙を拭うと、顔を上げて高志の目を見た。 「ごめんな」  再び茂の唇が触れる。そして強い力で抱き締められる。しかし一瞬で離れると、茂はそのまま踵を返し、今度こそ振り向かずに走り去っていった。  何も考えられないまま、高志は茂の後ろ姿が遠ざかるのをずっと眺めていた。  それから俯いて自分の靴の爪先を見た。意識して足を動かし、駅の方に踵を返す。ゆっくりと歩き出そうとした時、ふと視線を感じて顔を上げる。  視線の先には、駅に向かって歩く数人の学生がいた。特に気にせず、高志も歩き出す。前を歩くその学生達をもう一度何気なく見て、高志はそれらが見知った人間であることに気付いた。その中の一人が高志を振り返った。目が合う。すぐに逸らされる。  それは同じゼミに所属する同級生だった。その一瞬の表情を見て、高志は状況を理解した。

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