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第26章 四年次・12月(4)

 それから数日、高志は喪失感を抱えたまま生活した。卒論を進めていても、気付けば茂のことを考えてしまっていた。  その週のゼミでは、教授から、茂が既に卒業論文を提出済みであることと、これ以降ゼミに参加しないことが発表された。その提出の早さにゼミ生達がどよめいていたが、その中で数人が自分に視線を向けるのを、高志は努めて無視した。  その夜、高志は茂にラインを送ってみた。この前ご馳走になったお礼と、もしこちらに戻ることがあれば連絡が欲しい旨を送信する。茂にしては珍しく、すぐに返事が来なかったが、帰省してばたついているのだろうと思った。  週末はバイトだったが、人と話すと少し気持ちが前向きになった。もっと卒論に集中して自分も早めに提出してしまおうと思った。そしてふと、茂からの返事がまだ来ていないことを思い出す。トークを確認してみると、まだ既読になっていなかった。少しだけ覚えた不安を、意識して打ち消した。去り際に泣いていた茂のことを思い出す。自分から連絡したのは少し早かったのかもしれない、と高志は思った。  次の週には何日か大学の図書館へ通い、卒論を進めた。茂が教授に何度も質問しに行ったと話していたのを思い出したが、ある程度まとまっていないと質問すらできないと実感する。図書館で進めると参考文献をすぐに探せるのが便利だった。夕方まで取り組んで、夜にバイトがない日には柔道部に顔を出してから帰った。このメンバーともあと数か月か、と思うと、少しだけその機会が貴重なものに思えた。  その週のゼミが年内最後のゼミだった。結局、年内に卒論を提出することはできそうになかったが、折角なので教授に質問したいことを前日までにまとめておいた。それから久し振りにラインを確認した。通知がないので茂から返信がないことは分かっていたが、自分の送ったメッセージが既読になっているだろうかと気になった。  しかし、茂とのトークが見あたらなかった。下の方までスクロールしてみたが、それほど多くの人間と遣り取りをする訳ではないので、茂とのトークは上の方にあるはずだった。再度見返すと、見慣れない、メンバー不在のトークが一つあった。一瞬の嫌な予感と共にトークを開くと、今までの茂との会話が表示された。そして、最後に自分が送ったメッセージが未読のまま、相手が退出したことを示す表示があった。  自分の呼吸が浅くなっているのを自覚しながら、高志はすぐに茂の電話番号を呼び出した。何かの手違いであって欲しいと思いながら発信ボタンを押す。しかしすぐにその番号が使われていない旨のアナウンスが流れた。無駄だと分かっていながらショートメールを送ってみる。すぐにエラーが返ってくる。  高志は呆然としながら、その画面を見つめた。  他の方法を考えた。茂に連絡を取るための方法を。そして、他に何もないことに気付く。他には何も知らない。他のSNSも、メールアドレスも、茂の実家の場所も、電話番号も、何もかも。伊藤や水谷のことを思い出したが、彼らの連絡先も知らなかった。サークルの部室に行けば会えるのだろうか。会えたら教えてくれるのだろうか。彼らなら知っているのだろうか。高志の知らない新しい連絡先を。高志だけが知らされていない連絡先を。  違う。そうじゃない。――そういうことじゃない。  どれだけ考え続けても、高志の中にはその結論しか残らなかった。 ――茂が、自分と友達でいるのをやめたのだと。

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