96 / 149

第27章 現在(3)

「藤代くん。私、今から非道なことを言います」 「非道?」  少しの沈黙の後、意を決したように硬い声で話し出したあかりに、高志は怪訝な声で問い返した。あかりがおかしなことを言うのにはもう耐性がついている。 「もし今日お願いした件を引き受けてもらえるのでしたら、代わりに細谷くんの新しい連絡先を教えます」 「――え?」  思わずあかりを凝視する。その真剣な顔は、冗談や嘘を言っている表情ではなかった。 「……知ってるの」 「今はまだ知りませんが、そのうち分かると思います」 「何で」 「細谷くんに貸したままの本があるので。多分、近いうちに連絡が来ると思います。借りたまま返さない人じゃないと思うので」 「――」  思いもよらない形で生まれた希望に、高志は目を見開いたまま言葉を失う。もう二度と会えないと思っていた、今どこにいるのかも分からない茂と、もしかしたら、また。 「すみません、こんな卑怯な取引みたいなことを言って。あの、もし不愉快でしたら」 「いいよ」 「え?」 「いいよ。やるよ。今日?」  高志の言葉に、今度はあかりがしばし固まる。 「……いいんですか」 「うん。矢野さんがいいなら」 「はい。……私は、大丈夫です」 「そこにあるゴムとローション使うけど、いい?」  高志がそう言うと、あかりの頬に朱がさす。話の現実味が増すに従って、羞恥心が生じてきたようだった。 「……はい。お任せします。……よろしくお願いします」  そう言って頭を下げたあかりは、そのまま顔を上げない。高志はあかりのタイミングに任せることにし、その決心が固まるのを待った。先ほどまでの深い失意から抜け、気力が湧いてくるのが自分でも分かった。  ひとまず今は目の前の課題に焦点を絞る。ソファの背にもたれ、今まで目に入っていなかった部屋の中を見回した。きっとあかりは風呂に入りたいだろう。お互いに服は脱がなくてもいい。それから茂の時のように、最初は指で慣らして、それから。結構時間が掛かると思うけど、ここは何時までだろう。そう言えば、後ろの経験があるかという質問自体には答えないままだったが、暗黙のうちに肯定したことになるのだろうか。まあ今となってはどうでもいいけれど。 

ともだちにシェアしよう!