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第1章 6月(2)
高志が店の外に出ると、希美と槙が既にそこにいた。振り向いた槙が声を掛けてくる。
「お疲れ様。藤代くん、二次会は?」
「いや、今日はやめとくよ」
「そっか」
高志に続いて三浦も出てくる。「三浦くん、二次会行く?」と槙が続けて声を掛けに行くと、希美だけが高志の隣に残った。
「藤代くん、やっぱり背が高いね」
そう言って笑う希美も、話していたとおりの長身だった。他の女子に比べると、その顔の位置が近い。
「私、女のくせにでかいから、何か嬉しい」
その希美の言葉から何となく伝わってきたものに気付かないふりをする。
「小田切さんは二次会行くの?」
「え? うーん、槙さんは行くみたいだけど、私は迷ってて」
カラオケ苦手なんだ、と希美が苦笑しながら言うので、「俺も」と高志も言った。
それからしばらく他のメンバーが出てくるのを待つ。殆どが二次会に行くらしく、そのままそこで解散となった。
「藤代くん、帰るんだよね」
希美が高志を振り返って笑う。駅に向かおうとしていた高志が「うん」と頷くと、希美もこちらに向かって踵を返してくる。
「やっぱり私もやめとく。駅まで一緒に行こ」
「ああ。じゃあ」
居酒屋から駅までの道のりを、他愛もない話をしながら並んで歩く。思ったとおり、希美も自然に会話を繋ぐことができる類の人間だった。おそらく本人達はそれを取り立てて凄いことだと思ってはいないのだろう。でもこういう人のお陰で、自分のような会話の下手な人間でも新しい人間関係を築くことができるのだ、と高志はいつも思うことをまた思った。
「藤代くんは何線?」
「俺は地下鉄」
問い掛けに答えて高志がふと希美を見ると、希美が何故か高志の肩辺りを見ていた。すぐに高志の顔を見上げ、にこやかに頷くと、前に向き直る。
「私も、地下鉄でU駅まで行って、そこから私鉄に乗り換えなの」
「俺はM駅が最寄り」
「え? めちゃ近いね。実家?」
「いや、部屋借りてる」
「あはは、だよね」
話しながら、また希美が自分の肩を見てくるのに気付く。不思議に思い、「どうかした?」と問い掛けると、希美は笑って首を振った。
「肩、汚れてる?」
「ううん、大丈夫」
そう答えながらもまた高志の肩に目をやり、それから高志の顔を見上げて微笑む。
「藤代くん、よかったらライン交換しよ」
「ああ、うん」
希美の言うままに連絡先を交換する。それから電車に乗り、M駅で希美とは別れた。自宅に向かって歩いているとスマホが震え、早速希美からのメッセージが届いた。高志も簡単に返事を返した。
高志と三浦は、共に本社の七階にある管理部に所属している。課は異なるため業務上の関わりはなかったが、七階に配属された新入社員が二人だけだったこともあり、ちょっとした会話をするうちに自然と親しくなっていった。三浦もどちらかと言えば言葉数の少ない落ち着いた雰囲気の人間だったが、それも含めて高志とは何となく波長が合った。あまりプライベートの話をせず、休憩時間でも仕事の話が多いことからもその真面目な性格を窺い知ることができた。
「藤代、お前、彼女いる?」
だからその日の朝、顔を合わせるや開口一番そう聞かれた時、高志は少し意外に感じた。
「いや、今はいない」
とりあえず答える。
「欲しい?」
「……まあ」
「どんな子が好き?」
三浦は何故か真面目な顔で聞いてくる。高志は思い付いたままを答えた。
「よく笑う子かな」
「外見の好みは?」
「え?」
「髪が長いとか短いとか。細いとか太いとか。背が高いとか低いとか」
「別に、特にこだわらない」
高志が答えると、三浦が一つ頷いてから言った。
「そう言えば、来週辺りまた同期で飲み会やろうって話があるから、藤代も参加な。今度は本社の何人かで」
「来週? 金曜?」
「多分。空いてる?」
「うん」
「メンバーはお前と俺、槙さんと小田切さん」
「うん」
「以上」
「……え? 四人?」
「そう」
本社にはその三倍以上の同期がいるはずだけど、と思いながらも、高志は何となくこの突然の会話の背景が分かったような気がした。そして同時に、三浦の思った以上の不器用さに少しだけ笑う。
「藤代が行けるなら来週金曜で決定だと思うけど、また決まったら言うよ」
「分かった」
その翌週、約束どおりその四人で食事に行った。少人数の集まりは終始気の置けない雰囲気で、希美と槙がよく喋って場を盛り上げていた。
更に月が替わった5月にも一度四人で飲みに行った。
その次の金曜日に、希美に誘われて初めて二人だけで食事に行くことになった。その頃には高志も希美の気持ちに気付いていた。希美が高志の肩口を見る理由も分かった。そんなことで好意を持ってもらえるのならむしろありがたい、と思った。
何度かそうやって二人で食事に行った後、6月下旬、仕事終わりではなく休日に出掛けないかと希美に誘われ、高志は了承した。そしてその夜に二人は付き合うことになった。
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