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第2部 第1章 6月(1)

 食事を終えた後、レストランを後にして移動した高層階のそのバーからは、窓の外に広がる一面の夜景が見えた。窓際に席を取り、向かい合ってドリンクを飲む希美の顔には、アルコールのせいではない赤みがさしている。  食事の時と違い、二人ともあまり言葉を交わさないまま座っていたが、それすら居心地の良さに変えてしまう雰囲気がこの店にはあった。その沈黙を破って、希美が小さな声で名を呼んでくる。夜景を見ていた視線をそちらに向けると、希美はこちらを見ずに俯いていた。 「……今、彼女いないって言ってた、よね」 「うん」 「……」  希美は何かを言い出そうと口を開いたまま、躊躇っている。次に来る言葉を何となく予想しつつ待っていると、やがて「私じゃ駄目かな」と希美の声が聞こえた。 「私……あの」 「付き合う?」  高志の言葉に、希美がはっと顔を上げる。 「……いいの?」 「うん。いいよ」  高志は微笑むと、希美の目を見たまま頷いた。 「あの……じゃあ、よろしくお願いします」  いつにない敬語口調に高志は笑い、それから「こちらこそよろしく」と返した。  新社会人となって丸三か月が経った、6月の終わりのことだった。  小田切希美は、高志と同じ会社に今年入社した同期だった。  それまでも内定式や入社式、新入社員懇親会などで一応の面識はあったが、特に接点はなく、最初に希美が高志の目に留まったのは、入社後しばらくして有志で集まった同期の飲み会の場だった。  希美は高志の向かい側の列の三人分右側に座っていた。直接会話するには遠い位置だったが、高志が偶然そちらに目を向けた時、周りの人間達と楽しそうに話している希美が目に入った。まだお互いそこまで親密になりきれていない時期に、それでも希美の周りはもう随分打ち解けているように見えた。希美が場を盛り上げているようだった。  その時、高志は何故か大学時代に親しかった友人のことを思い出した。そういった類の社交性は、高志にとってはいつでもある種の尊敬の対象だった。懐かしさのような一瞬の強烈な感情を覚えたが、それはすぐに去った。  その飲み会の間中、高志は無意識に何度か希美の方に視線を向けた。何回目かでふと希美と目が合った時、高志は薄く微笑みながら目を逸らした。  席を外していた高志が戻ってきた時、へえ、バスケやってたんだ、と声が聞こえてきた。学生時代の部活の話で盛り上がっているらしい。 「小田切さん、背が高いもんねー」  腰を下ろした高志がそちらに目を向けると、隣に座っていた三浦という男が高志を振り返って聞いてくる。 「藤代は? お前もかなり高いよな」 「俺はバスケじゃなくて、柔道やってた」 「へえ、柔道か」 「何か、ぽいね」  何人かが高志の方を見て相槌を打つ。高志もそのまま会話に加わった。 「私、入社するまで社員は全員スポーツ経験者かと思ってたんだけど、実際はそうでもなかったね」  希美の横に座っている槙という女子がそう言って笑う。高志達の会社は大手のスポーツ用品メーカーだった。国内外に工場がある他、全国に直営店舗を数軒持っている。そして本社が東京ではなく高志の地元にあった。それも高志が就活中にこの会社に興味を持ったきっかけの一つだった。 「あ、だよね。意外に少ないよね、先輩達も」 「ちなみに藤代くんは、身長どのくらい?」  その時、希美がよく通る声で高志に声を掛けてきた。高志はそちらを見て答える。 「183くらい」  へえ、高いね、などと周りの声が聞こえる中で、希美も笑顔で頷くのが見えた。

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