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第4章 8月-再会(1)

 指定された場所に行くと、茂は既にそこにいた。スラックスにネクタイというビジネススタイルで、スマホを触りながら壁にもたれて高志を待っている。少し離れた位置から茂を見付けた時、高志は一瞬立ち止まった。歩調を緩めながら茂に歩み寄ると、顔を上げた茂が高志に気付く。 「藤代。久し振り」  八か月ぶりに会った茂を、高志は思わず凝視する。昔と同じように高志に笑い掛けるその笑顔は、懐かしいようでいて、高志にはどこか何かが違って見えた。 「……久し振り」  そう答えながら立ち止まる高志に、茂が声を掛ける。 「積もる話は後でするとしてさ。とりあえず、どっか店入るか」  金曜の夜は行き交う人も多い。混雑する中を二人はレストラン街へ移動した。高志の横を歩く茂が、昔と同じように「お前、何食べたい?」と聞いてくる。 「やっぱ肉?」 「別に何でもいいけど、できれば静かな店がいいかな」  高志がそう言うと、茂も「そっか。そうだな」と頷いた。思い付いたようにそのまま歩き出す茂について行くと、小洒落たイタリアンレストランに着いた。 「ここ、前に一回来たけど、割と落ち着いた感じだった」  席も空いているとのことだったので、二人はその店に入った。テーブルに向かい合って座る。石造りの壁に間接照明が施された、雰囲気のある店だった。 「お前、何か雰囲気変わった?」  適当に飲み物とコースを注文してから、高志は思わずそう問う。 「え? 俺?」 「そう」  何も変わっていないようで、何かが違うように思える。それが何かは分からない。 「自分じゃ分かんないけど。変わった? あ、リーマンぽい格好だから?」 「さあ……」 「太ったとか痩せたとか?」 「いや、何か顔が」 「顔?」  さすがに顔は変わらないだろ、と笑われて、高志はそれ以上言うのをやめた。多分、懐かしさが視覚に影響でもしているのだろう。  あらためて正面から茂の様子を窺う。普通に友人の前でリラックスしているように見える。そしてやはり、少なくとも表面上は、高志を嫌がっている様子はなかった。茂はもう過去を吹っ切ることができたのだろうか。知りたいが、もちろん聞くことはできない。高志の気も知らず、茂が呑気な声で話し掛けてきた。 「なあ藤代。お前、名刺持ってる?」 「名刺? 持ってるけど」 「一枚ちょうだい」  高志は言われるままに名刺入れを取り出し、一枚を茂に手渡す。受け取った茂が、「おおー」と言いながらしばらく眺め、顔を上げて笑う。 「いいな。俺、まだ勉強中で客先も行かせてもらえないからさ、名刺持ってないんだよね」  その言葉を聞いて、高志はふと思い出す。 「そう言えば、お前の勤務先って、前に言ってたとこ?」 「ん? あ、そうそう。あれからすぐに採用の連絡もらってさ。今そこで働いてる」  面接を受けて一つ結果待ちのところがある、と最後に会った時に茂が話していたところだった。 「……そっか。やっぱ採用されたんだ。良かったな」 「うん。まあ、お前も言ってたけどさ、運が良かったよ」  あの後すぐに採用の連絡があったのなら、わざわざ実家に帰って就職活動する必要はなかったのではないか、と思いかけて、違う、あれは自分との関係を切るためだったのだ、と高志は冷静に思い返した。結局、茂は卒業式にも大学には来なかった。きっと自分と会わないためだったのだろう。それなら自分が卒業式を欠席した方が良かった。もしあんな風に別れなければ、茂は最後までゼミにも出て、卒業式にも出席して、そこで友人達ときちんと別れを惜しむことができたのではないか。  あるいは、もしあんな風に別れなければ。  高志はふいに卒業旅行の話を思い出した。ただ仲の良い友人として最後まで過ごせていれば、茂の就職も決まって、約束したように二人で旅行できていたのだろうか。男二人の貧乏旅行で、安宿の酷さに笑い合いながら。 「――給料も悪くないし、拾ってもらえて良かった」  茂の言葉が耳に入り、高志はそこで考えるのをやめた。 「そっか。勉強はちゃんとできるところ?」 「まあ、配慮はしてくれる方かな。基本は自己責任だけど」 「そう言えば、今年も受けたんだろ? どうだった?」  高志の言葉に、茂は少しだけ表情を暗くして笑った。 「一応受けた。……けど、今年は多分駄目だと思う。さすがに勉強が足りてないの自分でも分かってさ。もう一回、同じ科目受講することにした」 「そっか。やっぱ働いてると難しいんだな」 「うん。仕事自体がまだまだ勉強の連続だしさ。でも実務と絡む部分も多いから、仕事の方でも勉強の方でも理解が深まるっていう相乗効果はちょっとあるかな」  まあ気長にやるよ、という茂に、高志は「おう」と答えた。

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