124 / 149

第6章 9月-自覚(3)

 翌日、朝食の場で高志の顔色を見た茂に体調を尋ねられ、高志は「あんまり眠れなかった」と答えた。 「夜中に目が覚めて、そしたらそっから眠れなくなってさ」 「ああ。それで朝風呂も行ったんだ?」  本当は一睡もできなかった。眠れないまま、布団の中でスマホから宿の入浴可能時間を確認した高志は、時間になるとそっと部屋を出て大浴場へ行った。  茂が目を覚ました時、高志は既に風呂から帰ってきた後だった。座椅子に座って自販機で買った缶コーヒーを飲んでいたが、高志の肩にタオルが掛かっていたのを見て、風呂に行ったのかと茂が聞いてきた。 「うん。結構人が多かった」 「みんな早起きだな」  相変わらず朝が得意ではなさそうな茂がそう言う。 「まあ、じいさんばっかだったけどな」 「あ、なるほど」  ご飯に焼き魚、卵、漬物、海苔といった典型的な和朝食を食べ進めながら、高志は昨夜よりは幾分落ち着いた、というよりは放心した気持ちで茂と話していた。 「お前も飯の後で行って来るか? まだ時間あるし」 「んー、いや、別にいいかな」  茂がゆるく首を振る。それから、 「それよりさ、もしあれだったら、今日、俺が運転しようか? お前寝不足だろ」 と言った。 「ああ、そうだな。……じゃあ頼む」  少し考えて高志は頷いた。寝不足の自分が無理して運転する必要もないと思った。  乗ってみると、茂の運転は非常にスムーズだった。実家で日常的に運転しているようだったので、高志よりも運転には慣れているのだろう。  計画どおり、高松まで移動してから適当な店に入ってうどんを食べ、道の駅に寄って必要なお土産を購入した。父親のための日本酒の代金は二人で折半する。高志が家族用に讃岐うどんを買うのを見て、茂が笑いながらお菓子を買っていた。  それから大塚国際美術館へと向かう。道中、つい運転席の方へと行ってしまう視線を、高志はその度に意識して前に戻した。  自分の気持ちに明るい結末など来ない。それを分かっていてもなお、運転する茂の隣に座っていると、高志はじんわりと快いうずきが胸の中に湧いてくるのを自覚した。こんなあからさまな恋心を誰かに抱くのは数年振りだった。相手が男であっても恋心には何の違いもないということを知る。相手が男であるが故にその相手を恋愛対象として見ないことは充分にある。しかし既に恋愛感情が生じてしまった状況では、相手が男であるということはブレーキとして全く役に立たなかった。  大塚国際美術館は思っていた以上に面白かった。高志のように特に詳しくない人間でも知っているような作品が数多く展示されている。茂と一緒に観て回りながら、思い付くままに感想を言い合う。それだけで充分に楽しい時間だった。  ふと、この楽しさは友情とどう違うのだ、と思う。そしてそれは高志にとってかすかな希望となった。こうやって一緒に過ごす時間を友人として楽しみながら、少しずつ自分の気持ちを整理していけばいい。自分がこの先どこを目指せばよいのか、少しだけ答えが出た気がした。  美術館を出ると、再び鳴門大橋を渡って淡路島へ戻る。ネットで評判の良さそうな焼肉屋を探し、夕食を取った。美味しくて、満腹になるまで食べた。運転を代わるからビールを飲めばいい、と茂に言ってみたが、茂は首を縦に振らなかった。結局、高志も茂に合わせてソフトドリンクを頼んだ。

ともだちにシェアしよう!