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第7章 11月(1)
繋いだ手が温かい、と思ったちょうどその時、希美が「ちょっと寒いね」と言った。
「あっという間に冬だね」
金曜日、高志の部屋に向かう道中、最寄駅を降りたところでいつものように希美が手を繋いできた。11月初旬、もう朝晩の気温はかなり下がってきており、今日は特に冷え込んでいる。
「そうだな」
「そろそろお鍋とかもいいよねー」
「いいな。また近いうちやるか」
「何鍋が好き?」
「すき焼きかな」
話しながらいつものスーパーに向かう。惣菜を買うこともあるが、最近ではレトルト類を買って簡単な調理をすることもある。高志の部屋のキッチンには、少しずつ調味料や調理用具、食器が増えてきていた。
店に入ると、高志はかごを持った。一緒に買い物に来る時、いつも希美は心なしか嬉しそうに見える。入ってすぐの青果コーナーで希美が果物をかごに入れるのもいつものことだった。希美と夕食と取るようになってから高志は果物を口にする機会が増えた。
適当に見て回りながら、今日はカレーを作ってみようということになる。根菜や肉を選び、カレールー、レトルトのご飯などをかごに入れていく。他に朝食用のパンやヨーグルト、アルコール、希美用のチョコレートなども適当に買った。
「高志くんは、炊飯器買わないの?」
「まあ、今ぐらいだと微妙。そんなに食わないし」
「余ったら冷凍できるよ」
「そこまでするならパックのでいい」
「あは、そっか」
精算を終え、買ったものを袋に詰める。高志が袋を手に提げると、希美が気を遣って声を掛けてきた。
「ごめん、今日も重くなっちゃったね。やっぱ缶ビールが入ると重いね」
「別にそんな重くないから」
「っていっつも言うよねー」
店を出るところで、入ってこようとする人とすれ違う。希美がいったん後ろによけて道を譲り、それからまた高志の横に並んだ。
「私いつも思うんだけど、同じ荷物を私が持つのと高志くんが持つのって、主観的な重さはどれくらい違うんだろうね」
「え? さあ……どうかな」
「男の人の筋力って、どれくらいかな? 女の人の倍くらい?」
高志は、ジムでの筋トレのことを思い出した。自分がトレーニングで扱う負荷は大体覚えている。この場合どの部位で比較すべきだろうか、などと考えながら、試しに聞いてみる。
「ダンベル使ったことある?」
「え? ううん、ない」
「じゃあバーベルは? スクワットとか」
「ないって!」
希美が笑い出す。まあそうだよな、と高志も苦笑した。しばらくお互いの筋力を比較できそうな方法について話していたが、希美が覚えている中で辛うじて使えそうなデータとして出てきたのは、中学か高校の頃の体力測定で計測した握力の数値だった。
「私、多分22とか3だった」
「俺は50ちょっとだったかな」
「高志くんは平均より上っぽいから、ざっくり言って倍くらいだね」
「背筋とかは覚えてない?」
「背筋? 背中逸らすやつ?」
「それは多分柔軟性の方。下からこう、鎖についた取っ手みたいなのを引き上げるやつ」
「えー、覚えてないなー」
測ったことも覚えてない、と希美が笑う。
「でもまあ、とりあえず倍とすると、今高志くんが持ってくれてる分の半分の重さを私が持った時と同じ、ってことになるのかな」
「かもな。だから、この荷物の半分の量を持ってるところを想像してみたら?」
「半分かー」
缶ビールが二本、じゃがいもが二つ……と、希美が律義に換算している。その様子を眺めていた高志は、ふと反対の手で持っていた鞄を買物袋と同じ手に持ち替え、深く考えず、空いた手で希美の手を取った。
気付いた希美が、驚いたような表情でぱっと高志の顔を見上げてくる。
「ん?」
高志が何気なく問い返すと、希美は何も言わずに首を振って、少しだけ俯いた。繋いだ手にきゅっと力が込められる。
会話が途切れたままで、しばらく歩く。その時高志は、希美が高志の中途半端な気持ちにとっくに気付いていたことを知った。
そして、希美が自分達のことをどう思っているのか、その心中を高志はおそらく初めて想像した。むしろ今まで考えてこなかったことに自分で驚く。
希美の高志に対する想いは高志にも伝わっていた。しかし、希美は好きだという言葉を口にしたことはなかった。だから高志も今までその言葉を言わずに済んでいた。というより、言うべきかどうかで葛藤せずに済んでいた。そこに希美の何らかの意図があったのかどうかは分からない。あったと考えるのは深読みしすぎかもしれない。
高志が希美に恋愛感情を持っていないことを希美が知っていたのだとしたら、付き合い始めてからこの数か月、希美は何をどう感じていたのだろう。
初めて希美が高志の部屋に来た時、高志は何となく希美にキスした。その後に初めて希美が高志の部屋に泊まった時、高志は当たり前に希美を抱いた。
その時、希美は何を思っていたのか。
――罪悪感などなくて当然だ。そもそも希美の気持ちを考えていなかったのだから。
高志はまたあの時の茂のことを思い出した。こんな時ですら、茂を思い出していた。
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