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第9章 12月-決意(1)
店を出た後、高志はただ少しでも遠くに行くことだけを考えて足早に歩き続けた。無意識のうちに顔が歪む。アルコールで火照った頬に冬の夜風が冷たかった。
大通りに出ると、駅には向かわず反対側に折れる。このまま線路沿いをずっと歩いて行けば、そのうち自宅に着く。それまでただ頭を空っぽにして歩き続けたかった。全てがどうでもいいと思えるまで。
上着のポケットに入れたスマホが震える。案の定、茂からの着信だった。取らずにいると、そのうち切れる。またすぐにかかってくる。高志はスマホの電源を落とした。
今考えれば、茂は注意深く、高志に悟られないように、自分に関する情報を教えないようにしていた。
――俺、まだ勉強中で客先も行かせてもらえないからさ、名刺持ってないんだよね。
――人を呼べる部屋じゃないって。
高志は茂の電話番号とラインしか知らない。一年前の自分と同じだ。茂の自宅も勤務先も、もちろん実家の住所も電話番号も何も知らない。
一年前のように、茂は、その気になればまたいつでも音信不通になることができたのだ。再会してからもずっと。
それでも、再会してからの茂の笑顔が全て嘘だとも思わなかった。全てが本当ではなかっただけで。高志が最初に電話した時、驚きながらも拒絶せずに話してくれた。高志の希望を聞いて、旅行にも付き合ってくれた。すぐには関係を切るつもりはなかったのだろう。いずれは切るつもりだったのかもしれないけれど。
それに対して怒りなどは覚えなかった。こんな時ですら、茂の笑顔を思い出せば、高志の心には安らぎのような快感が生じた。だからやっぱり自分のせいなのだろう。自分が多くを求め過ぎたのだろう。一度切れた関係を元どおりにできると思い込んでいた。でも本当は最初から無理だったのだ、前のような友人関係に戻るなんて。茂にとっても、自分にとっても。
大学の時に知って驚いた、茂の持つ他人との距離感を思い出す。あの時、高志だけはその境界線の中に入ることができていた。でも今はもう違う。あの笑顔の下で茂は今、高志に対しても同じように距離を取りながら接していたのだ。
歩いているうちに視界が徐々にぼやけてきて、高志は唇をかみしめながら涙を堪えた。
――受け入れてもらえないのは、こんなにも辛い。
ただ友達として近くにいることすら、うまくできない。
一年前の茂も、こんな風に考えて高志との連絡を絶ったのだろうか。受け入れてもらえないのなら、いっそ会わない方がましだと思ったのだろうか。
茂がそう思ったのなら、きっとそれが正しい。自分が愚かだったのだ。
もう自分は茂にとって必要じゃない。心を開いてもらえてもいない。茂のそばには恋人がいる。仕事のことも資格のこともよく理解してくれる恋人が。
どちらにせよ会わないようにしていた。気持ちを忘れようとしていた。そして茂も会いたいと言わなかった。形だけ繋がっていても、きっとそのうちまた切られる。
だったらもう会わない方がいい。
自分から茂の番号もラインも全部消して、それで終わりにするのがいい。
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