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第9章 12月-決意(2)

 店を出てから約二時間、自宅の最寄駅が見えてくるまで高志は歩き続けた。冬の夜にもかかわらず、体は熱を発してシャツの中で汗が流れていた。  ひたすら歩くことで、ほんの少し気分が好転した。忘れてしまえた訳ではなく、希望を見出した訳でもなく、ただ心が麻痺したように、冷めた気持ちでありのままを受けとめ始めていた。涙はもう出なかった。  歩いてきた静かな住宅街から駅前通りへ出ると、視界が一気に明るくなる。  いつも立ち寄るコンビニに入り、缶チューハイ数本とペットボトルの水を買った。強い喉の渇きを覚えていた。店を出るとすぐに開けて、一気に半分ほど飲む。冷たい水が沁みわたるように体の中を落ちていった。  それから、のろのろとマンションまで歩く。オートロックを解除してエントランスを抜け、エレベーターに乗り込んだ。  八階に着くと、鍵を取り出しながらいつものように左に折れた高志は、その瞬間に視界に入った何か異常な気配に、ぎくりと足を止めた。  何かが――誰かが、自分の部屋の前に座り込んでいる。その影が振り向く。 「――あれ。帰ってきた」  茂だった。  言葉を失って立ち尽くす高志を見上げながら、そこにはいつものように笑顔を見せる茂がいた。 「居留守使ってるか、じゃなかったら彼女のとこに行ったのかと思ってた」 「……何してるんだ」  廊下に座り込んでへらへらと場違いに笑う茂の横には、蓋の開いたビールの缶が置かれている。その様子からしても酔っているようだった。 「何って、お前を待ってたんだよ」 「……」  高志は驚きと混乱の中で現状を把握しようとした。何故か、ここに茂がいる。ついさっき、もう二度と会わないと決心した相手が。今一番会いたくない人間が。  ようやく少しだけ薄らいできた苦しみがまた再燃しそうで、思わず湧き上がってきた苛立ちに、高志はぎゅっと眉根を寄せた。 「寒いからさ、あったまるかと思ってアルコール飲んだけど、逆だったわ」  高志の様子に頓着せず、茂は能天気な口調でそう言うと、ふらっと腕を高志の方に伸ばしてくる。起こせということらしかった。  差し伸べられた手を前に、一瞬、高志は躊躇した。振り払うところを想像する。何故この状況で無邪気に自分に腕を伸ばせるのだろう。拒絶されるのが怖くはないのだろうか。口元は笑ったまま、茂の目はじっと高志の方を見上げている。 「……」  結局、無言のまま、高志は茂の手を取った。その手は氷のように冷たい。高志の力を借りて立ち上がった茂は、少しふらついてからバランスを取り戻した。高志は手を離し、低い声で言った。 「……帰れよ」 「体冷えた。トイレ貸して」  相変わらずの薄ら笑いのまま、重い空気も読まずに茂がそう言う。しかし高志にはもう分かっていた。茂のその振る舞いは、本当は全て理解してのことに違いなかった。  結局拒否しきれずに、高志は鍵を差し込んでドアを開けた。靴を脱ぎ、何も言わずに中まで進んで部屋の電気を点ける。一度も振り返らなかったが、玄関の扉が閉まる気配がした後、玄関横のトイレのドアが開閉する音が聞こえてきた。

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