18 / 332

18:一杯の酒

 バサバサバッ。  俺の叫び声と共に、フクロウが羽ばたいた。声を張りすぎて肩で息をし始めていた俺は、チラリとフクロウに目をやった。  フクロウは足の鎖で飛び立つ事は叶わず、また止り木に足を下ろしていた。 「どうしてこの店に、そんなにこだわる?他にも酒場なんて山ほどあるだろうに」  突然、冷静な声で問われた問に俺はハッと男の方を見た。男はカウンターに肘をつくと、気怠そうに俺を見ていた。背筋は伸びておらず、緩んでいる。  それは、男から俺への初めての問だった。 「言ったな!」 「は?」 「あなたは今ハッキリと言った!ここを“店”だと!やっぱりここは店なんだ!だとしたら、俺は客にだってなれる筈だよな!」 「…………屁理屈か」 「俺の言ってる事は理に叶っている!」  俺は胸ポケットから財布を取り出すと、一枚の紙幣を取り出した。 そして、男の座っているカウンターへ紙幣を叩きつけると、そのまま俺も席についた。 「俺もその酒が飲みたい!」    そう、俺が指差したのは、男の持っている乳白色の見た事もない酒。どんな味がするのか分からない。分からないから呑んでみたい。  ここにはまだまだ俺の知らない酒が山のようにあるのだ。 「……勝手にしろ」    男はカウンターに置かれた紙幣を乱暴に掴むと、そのまま自分の懐へと入れた。入れたはいいが、男はそのまま自分の酒を飲み続けるばかりで、少しも酒を俺に出す素振りを見せない。    いや、だから俺はその酒が飲みたいんだよ! 「あの、それ、どの瓶のやつ?」 「は?これはもう無いが?これで最後だ」  しれっと返されたその言葉に、俺は心底イラッとした。なんて客への態度のなってない店なんだ!  故に、俺は男の手から酒を奪い取ると、一気に飲み干してやった。  バサバサバッ。  フクロウがまた羽ばたく。羽ばたいた瞬間、羽から一枚の翼がヒラリと舞った。 「お前……」 「これは……なんか、パウの乳みたいな味だな。舌触りもスッキリしてるし、何の酒なんだ?」 「はぁっ……質問には答えない癖に、質問ばかりする。面倒な客だな」 「あなたも、金は取る癖に客扱いしない変な店主だな」 「……ちなみにそれは酒じゃない」 「え!?」  男の言葉に俺は目を瞬かせた。酒じゃないだと?  そんな俺の反応に男は鼻で笑うと、そのままカウンターに入って一本の酒瓶を取り出した。 「今飲んだのは、パウの乳だ。みたい、ではなくそのものだ」 「え!?はぁ!?」 「飲む前にパウの乳を呑むと、酔いにくくなる」 「へぇ」 「嘘だ」 「はぁっ、なんだよ!?」 「俺がただ呑んでただけだ」    いけしゃあしゃあと好きな事ばかり言う男に、俺はカウンターの下で静かに拳を握りしめる事しか出来なかった。  この男、俺を苛つかせて出て行かせるつもりじゃなかろうか。    ----そうは行くか、絶対に出ていかん!  そう、俺が決意を新たにした時だ。  コトン、と静かな音と共に、俺の前に一つのグラスが置かれた。色は透明な黄色。香りはさわやかな柑橘系だ。 「それ1杯呑んだら出て行けよ」 「~~~~~っ」  俺は久々の酒に若干涙ぐみそうになった。いや、もうその時には、達成感と満足感で満たされて泣く寸前だったのだ。  そんな俺に男がどんな顔をしていたかなんて、俺は知らない。 「いただきますっ」    俺はもう、目の前にある見た事もない酒しか眼中になかった。

ともだちにシェアしよう!