4 / 34
第三話 忘れられない
「んっ…は…っ…ぁ」
自ら引き金を引いたというのに、今に怖くなって身が引き下がろうと身体が自然に後ずさる。それを支えているのか、逃げないようにしているのかは目を瞑っているから相手の顔がわからない。ただ腰に手を回され、夢中になって口づけをしてきている。
玄関に着いたとたんに、相手の方から触れるだけの口づけをされた。
まだ、学生だろうか。社会人にしては少しおしゃれな服な気がする。見た目と顔で年を確認するも酔いが回っている頭ではどうにも判断がつかない。
ただ晴も、確かこのぐらいの年だった気がする。どうにも忘れようのない弟の事だけは覚えている。未成年ではなさそうだから、犯罪ではないな、と安心しきっていた。
「誰にもでも、その、こうして、るんですか」
はっきりと顔は見えないがきっと真っ赤な林檎になってるのだろう。初めてなのだろうか。
「今日は、たまたま。滅多にこういうことしない」
嘘はついてはいない。
確かに男と付き合ったこともあれば、こうして似ている男を見つけては拾い食いしていたのも事実。
だって、あいつとはできないから。
「そう、なんですか」
さっきから途切れ途切れの会話だけど緊張しているのだろうか。なぜかそれとはまた違う違和感を覚える。
「嫌なら、やめる。今更だけど、もしかし男無理な感じ?」
違和感の正体はこれだろう。たまにあるのだが、普通の人。いわゆるノーマルタイプ。久々にやってしまったと頭を抱えた。酒に酔ったとはいえ、これは面倒なことになりそうだと財布に手を掛ける。
「あ~…悪かった。ここまで運んでくれたお礼だから」
俺はそういうと二万円を渡した。まぁ、これぐらいあれば電車代もタクシー代も大丈夫そうだろうと見込んだ。離れようと廊下を進もうとした瞬間手を引っ張られ、後ろから抱きしめられた。
「いえ、お金は結構です。…その、俺で良ければ続きをしても、いいですか?」
耳元で囁かれた声がどことなく似ていて、腰が砕けそうだった。似ているはずない。低音で、妙に色気のある声。
勘違いするな。震えた身体を装って正面から抱きしめ返した。
一気に酔いが覚めそうだったが、こういうのもよくある。だから、気軽に返事をしてしまった。
「ん、ん…っ、ふ…っ、ん」
「はっ…」
漏れる声がやけに高い。自分がいつもより感じているのが、声でわかる。玄関でしたときよりも、きもちがいい。
蓮はぼうっとしてきた頭で考えていた。
確か手を引いて寝室へと連れて行った。着いてドアを閉めた瞬間、引っ張っていた手を逆にするりと手首を掴まれた。片方の手で抵抗されないようにしたのか、指と指の間に入って絡めてきた。その触り方が妙にいやらしかった。すぐ握ればいいのに、まるで焦らすかのようにゆっくり指を重ねてきた。
「んんっ、ん、ぁ」
慣れている、と直感する。大抵の人はそこで強引に手を取り、ベッドへと押し倒す。もしくは手を繋がずに行為に及ぶ。けれどこれは主導権を奪ったうえ、相手に言わせようとしている。メスで切られたかのような滑らかさと圧倒的支配欲を肌で感じた。
惹かれ合うかのように目が合う。
蓮は、ぞくっと背筋が強張った。
滲み出る叫びが瞳から出たような鋭さに身体が灼 けそうになった。
先ほどまでこっちがリードしていたのに、口を開かぬまに立場が変わった。あっという間のその速さに動揺する。しかし後にも引けずそのまま流されるままにベッドへと押し倒された。
俺は抱かれる側だ。キスもセックスも受け側が気持ち良ければ大抵上手い。けれど、めちゃくちゃにされたいと思うほど夢中になれるキスはなかった。
「はっ、ぁ…っ」
蓮は相手のキスの巧さに一分もかからないうちに蕩 けきってしまった。
ノンケの癖に男相手でもこれほどまで興奮するのか。それとも別の要因でもあるのだろうか。
蓮は気が遠くなりそうな圧迫されるキスに荒々しい吐息が漏れる。舌が絡まり、それごと吸われる。耳をすりすりと弄 りながら上顎を舐めてくる。びく、と首がこそばゆさで揺れた。口の端から唾液が溢れシーツを濡らしていく。舌と舌が取り合うように絡まるのを見て、そのまま心まで吸い取られそうだと思った。
そう思ってから視界がぐわんぐわんと歪み始めた。
魂が、吸い取られている。勘違いしそうなほど、苦しかった。やだ。もっと、もっと──と願ってしまうほど身体が熱い。
蓮は思わずぎゅっと握られた手を握り返し、強く身体を寄せた。すると相手が縛るほど強く絡めてきた。
ちくりと胸が痛む。
晴であってこの人は晴じゃないんだと急に現実に目覚めてしまう。
蓮はそんな自分を受け入れたくないがため、眠るように瞳を閉じた。そのとき一滴の雫が頬を濡らした。
忘れさせないで。
声に出したかは、覚えてはいなかった。
ともだちにシェアしよう!