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第八話 再熱
晴と住むようになって二週間が経った。蓮は週末の夜にライブがあるため、帰ってくるのは夜中になる。早く帰ってくるときもあれば、朝帰りのときもある。晴が家に来てからは早く帰るようになったけれど、晴とは顔を合わせない。というか、合わせないように自分がそうしている。起きる時間も遅いため朝も晴に会ってはいない。だいたい十一時ぐらいまで寝ているからだ。
昔から朝には弱く、布団から抜け出せないでいる。けれど今はその方が都合がいい。余計なことを考えずに済む。見送りをしたい気持ちがないわけじゃない。それでも晴の気持ちが優先だ。嫌がることはしない。そう思いながらも、そっと玄関の音を感じたいがため目が覚めてしまっている。
ベッドの上でもぞもぞと動いたあとシーツを被りながらベランダに出る。そこから気づかれないよう晴の背中を見て小さく手を振る。「気をつけていってらっしゃい」と見届けたあともう一度眠りにつく。この二度寝が最高に気持ちがよくて、ほぼ日課となった。
だから大丈夫だと思っていた。上手く隠せて過ごせていると調子に乗っていた。
「兄さん、行ってくるね」
昼食を食べ終わって片付けまで済んだ晴は洗面所から戻ってきたついでに、近づきながらそう言ってきた。
晴は夏休み期間のようで午前中起きてくるまでリビングでくつろいでいる。大学はもちろん休みだ。しかし、友達と図書館で勉強するためこうして午後から外へ行くことが多くなった。おかげでいつも以上に心臓への負担が重くなり、疲労感が大きい。
出掛ける前に晴が俺に近づいてきて挨拶をしてくる。それが一番困っていることだった。晴は蓮に抱きついたあと頬に口づけをしてくる。
急に距離感がおかしい。こんなこと海外ならわかるが、兄弟ですることじゃない。それに嫌いな兄、しかも男にキスをする意味が全くわからない。これが晴の考えた仕返しなのだろうか。自分のことをよくわかった上でこんなことをしてくるなんて余計にたちが悪い。ある意味俺に対する最高の復讐だ。
だから蓮はいつもひっぺはがすように晴を押しのける。
「だから、キスしてくんじゃねぇ」
「頬は挨拶みたいなもんでしょ」
「ここは日本だぞ」
「だって兄さん全然食べてないから、こうして顔色確認しないと倒れそうで心配なんだよ」
しゅん、と耳が垂れているようにしおらしく見つめてきた晴。けれど、それが本心なのかは正直わからない。晴の考えていることが会ったときからずっとわからないままだ。
「で、本音は」
「兄さんを揶揄 うのが楽しいから」
「さっさと行け」
「うん。行ってきます」
晴は手の平をひらひらと回し、玄関へと向かっていった。
廊下を歩く音が消え、ガシャンと玄関のドアが閉まる。その音を聞いて、蓮は目の前の皿を退けて伏せた。今頃になってやってくる顔の熱を冷やすためだった。テーブルはひんやりしていて冷ましてくれると錯覚する。
けれどこれは今に始まったことじゃない。ずっと前からあったものだ。
恋心というものは本当に厄介だ。
「今日はトマトとバジルの冷製パスタだったな」
横目で食べ終わった皿を見ながらため息をつく。
盛り付け方も綺麗で、そのまま写真を撮ってネットに載せれるほど美味しかった。店のような料理に自然と負けざるを得なかったのが悔しい。こんなことまで自分は劣っていて、晴に押しつけてきた罪悪感が日に日に雪のように積もる。
昼食は晴が午後からの授業のときだけ作ってくれている。今は夏休みに入り、授業はない。けれどなぜか午前中から夜までではなく午後から夕方まで出掛けて帰ってくる。まるで一緒に食事をするためのようで調子が狂う。
朝食を食べない俺は料理はそこまで上手ではない。ある程度できるぐらいだ。それでも夕食を作って置いておくことはある。買ってきたものを自分が作ったかのように振る舞うこともあった。一発でバレたけれど。
手抜きに比べて晴は料理以外もなんでもできた。今の時代ネットで検索すれば一人でもできると言われた。その慣れた様子に、どこかで一人暮らししていたのだろうかと考えた。けれど「父さんも母さんも大変だった」と言っていたことを思い出し、一人で頑張っていた証なのだろうと容易 に想像できた。
まるでそれが見せつけられているようで、罪の重さに苛 まれる。ただこれは俺が勝手に思っていることで仕方がないことだとわかってはいるものの、さらに晴に対する贖罪 が大きくなっていったのは確かだ。だから最初の頃は味がしなかった。それでもこれは俺が受け入れなければいけないことだと早々に押し殺した。
それよりも非常に深刻な事態なのは今朝の挨拶だ。困ったことは己の心ではなく、やたらスキンシップが多いことだ。
俺が好きだと気づいて、揶揄っているのはわかってる。わかっているけれど、毎回心臓に悪い。こちとら本命にこんなことされるのは初めてで戸惑っているのに。なにしろまるで恋人のような接し方をしてくる。平常心で保っている自分を褒めてあげたいぐらいだ。
キスしたのに、頬ぐらいで…と自分でもわかっている。けれどあれは酔ってたからだ。素面 だと違ってはっきり顔が見え、意識がある。そんなものは羞恥心がたえられそうにない。
なにが一番危ないかというと、それを嬉しいと思ってしまう俺は本当に愚か者ということだ。今だって恋してる。ただ、晴に恋している。
虚しいだけだけだとわかってるけれど、嬉しい。好きじゃなくても、触れられることに身体が歓喜している。
弄 ばされている。嗤われている。
それでも、と思ってしまっているほど、俺は晴しか考えられない。
それでいい、と俺の晴への一途さはいつも壊れていく。
蓮はそっと頬に触れる。ふにっと柔らかい肉の感触。欲をかき立てる生温かい吐息。いつまでも耳元にこだまする声。ぞくぞくと快感の淵 へと腰に伝わる熱。
震えた手を眺め、大きく息を吐く。
ドクドクと大きく脈を打っているのがテーブルに振動が伝わる。
痛い。
痛いくらい、うるさい。こんなことで乱されたくないのに。
蓮は自分の指を舐めた。唾液をたっぷりつけた指が他の指と絡まる。それから熱が溜まった下半身の中心へとそっと下ろした。
最初は濡れていない片方の手でスエットパンツの上から撫でるだけ。それだけでも濡れているような気がして、恥ずかしい。
「ん…っ、ぁ」
声をなるべく抑える。けれどその制限が欲情を上昇させたのか我慢できなくなり、パンツをずらす。先走りを始めている性器を上下に扱 く。
「あっ、ぁ…っ、んっ」
声がやけに大きいと感じ、指を再び口の中に突っ込んだ。その指を舌と思い込み、晴とキスした感触を思い出す。
火傷する熱。他の人より長くて大きい形。中で野獣のように暴れまわる動き。
「んんっ、ふ、ふぅ」
口の端から漏れる甘ったるい声。ぴくぴくっと背中に愉悦 が走り、椅子が揺れた。テーブルの上が唾液でびしゃびしゃになっていく。
(あとで、きれいにそうじ、しないと…)
扱いていた手の中で性器が膨れ上がるのを感じた。びくんびくん、と性器全体が揺れて、はしたない液体を漏らす。
たった一夜の、それも酔っていた状態だったのに、しっかりと身体に刻み込まれている快感に蓮は身を捩らした。
片方の手だけでは我慢できなくなり、口から出した濡れた手で一緒に動かし始めた。
「ふっ、う、ん…っ」
下唇の肉を噛み、声を抑える。かくかくと腰が揺れ、テーブルが揺れた。だんだんひんやりしていたテーブルが熱くなってくる。まるで触れられた手のように。
そう思った瞬間、ビクビクっと腰が引いてしまい、声が漏れた。
「あっ、あぁ、ひっ、ん…っ」
快感のあまりうしろに引いていった身体。額だけがテーブルの上に乗った状態で、しどと濡れた自身のものが丸見えになる。
息が乱れ、唾液がちょうど性器に垂れる。それを利用して、激しく上下に擦り始める。
「んっ、んん…っ、ぁ、は、る…っ、はる……っ、あっ、あ」
泣きそうな声で晴の名前を呼んだ。触って欲しい、一度でいいから抱いて欲しい。
そう身体から叫んでいるように打ち震えていた。
「あっ、い、く、ぅっ、いく、いっ、ぁ——ッ」
甲高い声を上げながら達してしまう。背伸びしたように伸びた顔がテーブルの上で溶ける。背中で息を吐きながら手の中で精を受け止めた。びゅく、びゅくっと止まらぬ射精にしばらくしていなかったことを朧 げに思い出す。晴が来てから一回もしていなかった。なにしろできるはずもなく、抑え込んでいたせいで快感が深く感じる。
蓮は気持ちのいい余韻 に浸りながら瞳を閉じた。すると、玄関の方でガタッという音がし、飛び上がる。
蓮は急いでティッシュで手と性器を拭き、服装を整えて廊下をそろりと覗く。けれど誰もいない。安堵した蓮はふぅ、とひと息吐いて壁にもたれる。
ハルちゃんかと思い、俺はそのままトイレへと入った。
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