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第十六話 告白 上

 夜の闇に呑み込まれたかのように静まり返っている。シャワーの水音だけで二人の存在を消してしまうほど長く、大きく聞こえた。  蓮は目を逸らすことなく答えを待っていた。どれほどシャワーの音だけを聞いていただろうか。晴の髪にかかった水滴がぽたぽたと蓮の身体に落ちてくる。まるで雨が降った後、花から落ちる()み切った雫を受けているようだ。  それがもうすでに答えをもらっているように思えた。美しい花から恵みを貰った、ただの情け。それだというのに、幾度もくれた優しさに唇を噛む。晴の瞳が切なく揺れ動いているのを捉え、確信した。蓮は濡れた瞼を閉じかけていた。 「本気で、わからないの?」  その問いかけに蓮はゆっくりと首を横に振った。わかっているようで本当のところはわからない。誰だって、心の奥底を覗けるわけじゃない。 「知らないふりとかしてない?」  こくりと頷く。すると、晴は心底わからないといった表情で額に手を押さえていた。 「普通に考えてみて。俺と会ってから、おかしなこといくつもあったでしょ」 「…あったか?」 「どうしてそうバカなの」 「おまえよりバカなのは認めるけど、そんなバカバカいうな」 「だって、そうでしょ。自分のことに鈍感すぎる。自分より他人を優先しすぎるんだってば…もっと自分を大事にして」  思ってもいなかった。想像もしていない、晴からのありえない返しに声を上げて否定する。 「そんなことない。今までずっと自分のことばっかりで、おまえを…っ」 「はいはい。それはもう聞き()きた。でも他の人から見れば自分を傷つけているようにしか見えないよ」 「自分を、傷つけている…?」  そんなことを言われたのは初めてで、どう返せばいいかわからず弱々しく首を横に振る。すると晴はそんな自分を見て推察したことをわかりやすく語った。 「あえて自分を犠牲にしてるってこと。それが麻痺してるのか自分ではわかってないみたいだね。兄さんの中で優先事項がなにより俺になってる」 「え……」 「無自覚なの? へぇ…兄さんってば、ほんとかわいい人だね」  抱かれる時にしか聞かない晴からの情話に反芻(はんすう)してしまう。蓮はみるみる肌が火照っていくのを感じた。 「は、話を、ちゃんとしてくれ」  まるで照れ隠しのように返事をしてしまった。蓮はますます肌を赤く染める。 「昔から兄さんのことよくわからないって周りの人に言われていたけれど…そういうこと。俺にしか感情を表に出さないんだ」 「か、揶揄うのもいい加減にしろ。おまえさっきからなんなんだ!」  確かに昔から無表情で怖いと言われたことはあったけれど、慣れていった。滅多に笑わないから勝手にクールなイメージを持たれて、友達も作れなかった。その時から自分を隠すように前髪を伸ばした。  晴の前でいつも笑って過ごしていたのは、知らず知らずのうちに溢れ出ていたからだと直接本人に言われる。そのことに全身が着火したかのように熱くなった。 「もう一度聞くよ。本気で、わからない?」  腕を引っ張られ、唇が重なりそうな至近距離で囁かれる。その腕の先は晴の胸に当てられていた。手から自分と同じくらいの脈が音を奏でている。 「そんな、わけない…だって…っ」 「嘘つき。ここまでして俺があんたのこと好きじゃないって本気で思ってるわけ?」 「は、る…っ」  シャワーの音なんて聞こえないくらい心臓の音が激しく打っている。  晴がさらに距離を詰めてきて、額と額を合わせてきた。それはまるで今考えていることが伝わるように、と真摯な祈りのようだ。 「好きじゃない人とセックスはしない」 「だって、だって…」 「俺、兄さんで童貞捨てたんだよ。この意味、わかるでしょ?」 「う、嘘つくんじゃねぇ」 「兄さんにしか()たないんだよ、ほら」  下半身にごり、と硬いものが当たっている。潤んだ目で確認すると、濡れた衣服からぴっちりとはち切れそうに昂ぶっているのが見えた。 「こんな状況でも欲情する。兄さんを見てるとたまらない気持ちになる」 「あ…っ、あ」 「ほんとはどこかで気づいてたんじゃないの?」  ずっと、兄さんのこと見てたから、と耳朶を甘噛みされながら呟かれる。  蓮は違うと否定し続けていた。そんなわけがないと。だって、恨まれて、嫌われるとばかり思い込んでいたから。あれは復讐の色だと謬見(びゅうけん)にとらわれた。  けれどあの揺らめく炎で燃えていた瞳は、好きで仕方がないといった愛慾(あいよく)片鱗(へんりん)を浮べていたのか。 「うそ、うそだ。おまえ、晴じゃないだろ。こんなの…絶対、ありえない」  こんな都合のいい夢があるだろうか。晴も俺が好きで、ずっと想っていてくれていたなんてことあるだろうか。  蓮は死ぬまで片想いとして報われないと思っていた恋の成就(じょうじゅ)に現実味がなく、何度も首を振るった。  けれど、晴の両手で(あご)を固定される。愛慾に濡れた瞳と合わせられ、繰り返し言葉を捧げされた。 「信じるまで、言ってあげる。今から明日の朝も、その先も」 「あ、ぅ…っ、うぅ……っ」  我慢していた線の糸が切れ、嬉しさが涙となって溢れて出てくる。晴はそれを舐め取りながら優しい口づけを施してくる。  頬に雫が流れ落ちてきて、それが唇を濡らす。その瞬間、晴の唇が重なった。 「好きだ。すき、蓮。愛してる」 「はる、はる…っ」 「俺の方が、蓮のこと好きなんだよ」  もう兄とは言えないその声が聞こえたときには、唇がもう一度濡れた口唇を奪っていた。 「んっ、ん、んぅ」  激しく暴れまわる口の中、息継ぎもシャワーの雨を浴びているせいか上手くできない。まるで海に溺れているかのようで窒息しそうだ。  そんな蓮を配慮できないほど濡れた舌が絡まり合い、快楽へと導かれるように吸い上げる。  このまま身体も魂さえ、なにもかも吸い取られるような気がした。くらくらと眩暈が襲ってくるこの感覚すら愛おしいと思えるほど、晴とのキスが甘い。 (キスだけで、こんなにきもちいい)  甘いスイーツをどろどろに溶かして、食べさせられているようで腰が抜けていく。喉にまで届くんじゃないかと思うほど肉厚な舌が隅々まで(むさぼ)り尽くそうと蠢いている。 「蓮兄、ごめん。今日優しくできない」  そういうとその言葉とは真逆の行動をする晴。包み込むように髪を指に絡ませ、逃げられないよう寄せつけられる。離れた唇は蓮の下唇を甘噛みして引っ張るとねっとりと時間をかけて舐めてきた。その熱い舌が首筋に赤い花を咲かせながら下へと這っていく。 「蓮兄の肌、昔から緻密(ちみつ)で柔らかいよね…。このきめ細やかさが、なんでも触りたくなって常に欲情しちゃってた」 「あっ、あ……っ」  蓮の指先を擦り寄せながらするりと間に入り込む。血液が循環するように手のひらを撫で回す。もう片方は太腿から腰へ、つぅ、と指の一つ一つを使ってゆっくりと這い上がってくる。ぞくぞくとこれから犯されてしまうという期待に背中から官能の波が大波になって襲ってきた。 「うっかり食べちゃいそう」  顔を肌に擦り寄せながら呟いた晴の目がギラリと獰猛(どうもう)さを宿していた。その目に神経まで犯されたような刺激が細胞から伝わり、正常な判断ができなくなる。  いっそのこと丸ごと食べられたいと思うほど目の前の男が愛おしい。 「あっ、あ、ぁ…、いい、よ」 「どんな風がいいかな。優しく? 痛く? でも兄さん欲張りだから両方されたいとか」 「両方、してくれるの、か?」 「そんな期待そうな目なんか向けられたらしないわけにはいかないかな」 「あっ、あ、あ…っ」  手を動かしながら馴染ませるように胸を揉んでいく。下から這い上がってきた手も合流し、揉みしだく。やわやわと動く肉が指の腹で擦れて、蓮はびくりと身体を跳ねた。  晴はその様子を薄笑い、乳首に息を吹きかけた。蓮は「ひぁっ」と嬌声を上げる。そのまま唇は乳首を吸い上げ、片方ではこりこりと指で抓っていた。 「あっ、あぁ、ぁ、う…っ」  吸っていた口が離れ、乳暈ごと円を描くように舐められる。何度も舐められているせいか、唾液で濡れてしまっている先端。それがぷっくらと勃っている。見なくてもいいのに、目線的に見えてしまい、恥ずかしい。でも目を逸らせられなかった。  晴は目線に気づいたのか、ふ、と顔一面に満悦らしさを見せた。けれど再び口に乳首を頬張り、口の中で弄られる。 「あっ、あぁっ」  舌先で、くりくり、と器用に撫で回しながら舐める。舐められると下半身からずくずくとたまらない疼きに悶えなければならなくなる。蓮はぐっと堪えるように喉を反らしながら唇を噛み締めた。 「そろそろ食べごろかな?」 「へ、あ、アッ!」  煮詰めた蜜に沈んでいくような甘苦しさで、ぼうっとし始めた蓮に胸の疼痛が走り、声を荒げた。  乳暈と同じ円型にくっきりと歯の噛み跡が残っていた。じくじくと痛みがやってくるものの、信じられないほど感じてしまった。 「少し痛いぐらいが好きなんでしょ。兄さんって見た目のわりには、俺に激しく乱暴にされるの大好きだよね」 「あ…、ちが、そんなわけ…、あっ、ぁ」  否定しようと声に出すも、すりすりと指と指で擦られている乳首から甘い電流が流れ、それどころではなくなる。 「もしかして昔から俺に酷くされたいとか思ってた?」 「っ……」  蓮は表情で読み取られたことを羞恥に感じつつもその通りだと数秒経ってからこくりと頷いた。

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