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第二十話 溺れる 上

「兄さん俺のこと好きなのバレバレなのに逃げるしね」  蓮はその言葉を聞いて、ビクッと身体を揺らした。そして無意識に片足が一歩後ろへ下がっていることに気づく。 「ほら、今も本能的に逃げようとしている。怖い? 兄さんだけに異常な執着を持っている俺は」 「それ、は…ごめん。でも、あの嫌とかじゃなくて…その」 「だからこうしたの。俺悪くないよね? 兄さん」  ふっ、と余裕のある笑みを浮かべて、顔を近づけてくる蓮に直視できず目を瞑ってしまう。  その愛が度を超えて怖い思いをしたというのに、晴の執愛に悦びを感じてしまっているのがバレてしまう。おまえと俺は最初から一緒だったんだということに。  異常な愛を互いに向け合っていた。ただずっとすれ違い、道に迷っていた。自分の弱さが晴の心を信じてあげることができなかった。それでも晴は迷子になることなく俺を求め続けてくれていた。  認めれば簡単なことなのに、また傷つくことを恐れて素直に伝えられなかった。相手のことをなにより大切に想っているのなら、心の内を言葉にするべきだ。  そうは言っても今更ながら晴の想いを受け止めると、今までの重さが一気にきて頭が根をあげてしまっていた。 「う、うん…」 「なんか幼児化してるよ? かわいいけど」 「な、なぁ、俺のことほんとに、すき、なのか?」  蓮は無意識のうちに晴の服を引っ張りながら訊ねた。不安になるのは長年のブランクがあるからだが、そんなものは突風のように飛んでいった。 「は? 愛してるって言ったよね? あのね、生まれた時から初恋もファーストキスも童貞卒業もあんただよ」 「……そ、そう」 「子どものとき、キスってどんなのだろうって二人で話してたこと覚えてるよね?」 「あ…、あぁ」  忘れるわけがない。俺にとっては大事な思い出だ。 「兄さんにとっては忘れられないって方が正しいかな」 「っ!」  蓮は耳まで赤く染まった。また見抜かれている。晴の前では本当に嘘が通用しない。 「ふ…、でさ、その話でノリでキスしてから俺、ずっと兄さんで抜いてたんだよね」 「え…」 「驚いた? 兄さんのこと大好きだった弟がエロ本見ても反応しなくて、代わりに兄さんの唇の柔らかさを何度も思い出しては、ちんこ扱いてたんだよ」 「ま、待ってくれ。それじゃそのときからずっと俺のことを……?」 「大好きが愛してるに成長したんだよ。子どもながら兄さんを襲わないよう気を遣ったせいでこんな遠回りしちゃったけど。こんなことなら襲えばよかった。案外兄さん許してくれそうだし」 「へ、あ…、そう、かもしれなかったけど、え、俺、あの…全然気がつかなくて…そんな」  ごめん、と謝ろうとした口を晴の唇で塞がれた。 「それより兄さんはいつ俺のこと好きになったの?」 「あ…、えっと、物心ついた頃には女の子に興味なくて、おまえが生まれてから晴以外かわいいものがなかった、から」 「兄さんって昔からかわいいもの好きなんだ。女の子みたいだね」 「うっ……悪いかよ」 「いや全然。かわいいし、興奮する。ケーキとか猫もそうだけど、ぬいぐるみとかも好きだもんね」  自分で言ってもなければ秘密にしていたぬいぐるみ集めやぬいぐるみ鑑賞を知られていた。  蓮は誰にも言ってない秘密をよりにもよって晴にバレるなんて、と声を上げる。 「なんで知って…! あ」 「そうだよ。俺、兄さんのことならなんでも知ってるよ。だからちゃんと教えて」  晴は蓮を逃げないよう手で顎を持ち上げた。目を反らせないよう見つめられる。鮮烈な瞳と攻撃的な顔の端麗さに蓮はぞくぞくとひれ伏すしかなくなる。 「……自覚したのは、おまえとキスしてからちょっと経った頃だよ。夜中におまえが俺の部屋に来て、精通したのを見てかわいいのに、男なんだって、なんかぞわぞわしたんだよ。それから色々教えたりして、気づいたら好きになってた」  じわじわと顔に熱が帯びていくのを感じながら当時思っていたことを赤裸々に語る。けれど晴は珍しく黙ったまま見つめてくる。  見たこともない淡い赤色の色の瞳で。 「……」 「なんで黙ってるんだよ。怒ってる、のか? でも…びくびくしながら俺のこと連呼するおまえがかわいくて、それで」 「わざとだって言ったら怒る?」 「…え、な、に…?」 「触ってほしくて知らないふりしてた」 「えっ、え…?」 「あのとき一緒に扱いてくれた兄さんが、えっちでかわいかった」 「なっ、え…?」  どろりとした蜂蜜漬けにでも合うかのような言葉をもらって蓮もふやけてしまう。 「でも兄さん、かわいい俺を好きになっても抱いてほしいとか…抱きたいとは思わなかったんだ?」 「…一生懸命になっているおまえがかわいくてそれなら受け止める方が嬉しいし、俺はそっち側は向いてない。その、あ、愛されたい方だし…」 「ふぅん? 抱かれたかったんだ、昔から。兄さんってばえっちな子だったんだ」 「ちがっ、くないけど、ちがう……」 「っ、でも兄さん、俺もうかわいくないよ?」 「おまえは今でもかわいいだろ」 「かっこいいって言ってほしいな」 「そりゃもちろん、見違えるほどイケメンになったよ」 「信じられなくて、他の男にするぐらいだしね」 「ゔっ…、あれは本当に悪かった」 「悪かったと思うなら、もう俺のこと信じてくれたよね」  「信じる…信じてるけど、俺に自信がない」 「それ信じてないって言ってるようなもんじゃん。いいよ、もう身体に教え込んだ方が早い気がするから」  晴は吹っ切れた笑みを浮かべながら服を脱がそうと手にかけた。その瞬間、期待で目がとろん、と崩れていく。 「あ…」 「へぇ、なにその顔。もしかしてそっちの方が百倍も嬉しいって?」 「そんなわけっ」  図星を突かれ、慌てふためいてしまう。 「嘘つくの? いっつも中出しされて嬉しそうにしてたのに。嘘つきだね」 「ちがっ、そんなんじゃ」 「俺との子供がほしいって疼いてるくせに」  晴の艶たっぷりの声が耳の中を犯し、手が双丘の奥へと触れる。 「やっ…」   触られただけでぶるりと感じてしまった蓮は身体を揺らした。けれど晴の手はその動きでさらに奥へと手を伸ばしていた。   「なにそれ避けようとしてんの? 今更逃げられないのに馬鹿だね。俺の嗜虐(しぎゃく)心を煽るだけだよ」 「う…っ」 「その目にずっと俺だけを焼きつけて。俺だけを見て。もう逃がさないし、手放すことも、できない。俺だけのために息をして、蓮兄」 「……とっくに溺れんだよ、ばか」  交差する執着した愛がようやく溶け合うかのように再び唇が合わさる。触れ合っているだけなのに、抱かれたときのように満たされた。

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