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第1話:憎悪

幼い頃、物心がついた頃からそうだった。 皆から愛されていて、一際目立つ程の人気者で、自分から遠い存在の人間を見ると、いくら仲良くしていても、いつの間にか憎しみを抱いてしまう。 その憎しみをぶつける行為はいけないことだとわかっていながらも、抑えることのできないその衝動に、自分自身を怖いと感じることがある。 どうしてこんな人間になってしまったのか。 愛されたいのに。 俺は、誰からも必要とされない人間なのか。 …誰か。 誰か、教えてくれ。 「なあ、進藤。次からはちゃんとできるよな…?」 「っ…」 「ハハッ!進藤ドンくせえから次もできないっしょ!」 「…次出来なかったら殺す」 「国村くんひで〜」 高校生になり、もう3ヶ月が経とうとしていた。 俺はいつもと同じメンバーで、いつもと同じ奴を虐める。 進藤恵。 俺と同じ1年B組。 入学したての頃告白された女と付き合ったら、進藤恵の事が好きになったと言われ、直ぐに別れた。 そいつとどのくらい付き合ってたかは覚えていない。 別にその女のことは好きじゃなかったし、どうでも良い。 でも、俺じゃない誰かを好きになる事に対して無性に腹が立った。 進藤恵は、クラスの中で大人しい存在だったが、綺麗な顔立ちをしていた。 それのおかげなのか、クラスの女は進藤恵に憧れを抱く奴が多かったらしい。 「なあ、ちょっと一緒に来てくんね?」 それが、俺があいつに初めてかけた言葉。 今まで話したこともない奴に急に話しかけられて、あいつはかなり驚いていた。 そして、終始無言で向かったのは取り壊し予定の旧校舎。 そこで俺は進藤恵に【⠀制裁 】を加えてやった。 誰から見てもあいつは悪くない。 それは自分ですら分かる。 だってただの八つ当たり、逆恨みだから。 悪いのは俺自身。 でも、それを認めることが出来なくて、あいつを虐める事でなんとか理性を保っているのかもしれない。 馬鹿みたいな理性を。 そして、もうすぐで入学から3ヶ月経とうとしている今でも俺は、進藤をターゲットにしている。 …進藤は強い。 正直、今までの奴らとは違う。 今までなら、泣いて許しを乞うか不登校になるかだ。 でもこいつは、いつまでも黙ったまま、俺を強気な目で見つめる。 それが本当に…憎くて仕方なかった。 「…またその目かよ!何様のつもりだよ!!」 「ぐっ…あ、がっ」 「…え、国村くん、それはやりすぎじゃ…」 気づいたら、俺は進藤の首を締めていた。 「はあ…?今更何言ってんのっ?…てめえらも、同じようにやれ、よ…!」 「ぅ、ぐっ…」 段々と歪んでいく進藤のその表情に、俺はすべての感情を込める。 憎くて憎くて仕方ない。 こいつは何も悪くないと、自分の頭の中では分かっているのに、どうしても自分のこの衝動を抑えられない。 何の憎しみなのか、自分でもよく分からないのに。 「てめえなんて死ねよ…」 「…っ」 「ちょ…国村くん!」 「国村、その辺にしとけよ」 いつも一緒にいる滝本に腕を掴まれ、我に帰る。 「…悪い、進藤」 俺は進藤の首から手を離した。 「っげほ、はあ…っ、は…」 「俺、警察行くわ」 この世界にいない方がいい。 隔離された、何も出来ない世界にいた方がいい。 「警察って…別に行かなくていいじゃん!そうだよな、進藤…!!」 「っく、はぁ…っ、ぅ…」 進藤は、苦しそうな表情で息も絶え絶えに頷く。 こいつは…本当は警察に行って欲しいって思ってるに決まってる。 もう自由にして欲しいって。 こんな地獄、嫌に決まってる。 なのにそう言わないのは、俺がそうしてしまったから。 どれだけ俺は最低最悪なんだろう。 「ほら、国村くん!こいつもそう言ってるしさ、早まんなって」 「…国村。俺はお前の味方だから」 滝本のその言葉が今は煩わしいと感じる。 何が味方だよ…。 どうせ、離れていくくせに…。 「友達ぶってんじゃねえよ」 「……はあ。…おい、行くぞ」 「え、国村くんは!?どーすんの!?」 滝本は大きくため息をつき、もう一人、いつも一緒にいる宮村の腕を強引に引っ張って、帰っていく。 「…じゃあ、とりあえず警察から連絡来たりしたら対応よろしく」 「まっ、待って…」 俺が現実からいなくなろうとしたとき、進藤が俺の腕を掴む。 「っ、家に来てくれないかな…っ?」 「…は?」 「夕飯、ハンバーグなんだ…。うちの母親の作るハンバーグ…美味しいよ」 ハンバーグ…? 「何言ってんだ、てめえ。なんでてめえの家の飯なんか食わなきゃなんねえんだよ」 「…国村くんに、話したい事もあるんだ。だから…お願い」 強く真剣な眼に、何故か進藤の家に行く事を了承してしまっていた。 正直、俺はもう自由になりたかったし、進藤と今更何かを話す気力なんて残っていない。 進藤も、俺がいなくなった方がいいはずなのに。 でも、なぜかあの眼に逆らえなかった。 「いらっしゃい。どうぞ、上がって」 進藤の家は小さなアパートだった。 …進藤によく似た母親。 こいつの綺麗な顔は母親譲りなんだろう。 「国村くん、こっち座って」 「ふふ、恵がそんなに張り切るなんて」 「だって国村くんが家に来てくれたんだもん」 進藤に指示された椅子に座ると、視界に男の人の写真が映る。 …父親か? 心なしか、進藤に似ている。 母親の遺伝子が強いからぱっと見じゃよくわからない。 でも、どことなく進藤とそっくりだ。 「さ、準備もできたし、食べましょう」 「うん。いただきます」 「国村くん、遠慮しなくていいから。たくさん作ったから、おかわりしてね」 「母さんこそ張り切ってるね」 笑顔溢れる食卓。 俺はもういつから、家族と食事をしていないのか。 暖かいご飯に、出迎えてくれる母親。 やっぱりこいつは、俺にないものを持っている。 …あ。 だめだ…。 黒いモヤが俺の心の中を支配する。 「国村くん?食べないの?」 「口に合わなかったかしら…」 心の中のモヤはどんどん黒くなっていく。 こいつは、今日なんで俺を呼んだんだ? 話があるとか言ってたけど、本当はこれを見せつけたかっただけじゃないのか? …自慢? …当て付け? そして、一気に感情が溢れる。 ダメだと分かっているのに。 抑えられない。 「ふざけんな。何のために呼んだんだよ。自慢したかったのか!?」 「国村くん…?…自慢って」 「何がしてえの?付き合ってらんねえわ」 俺は進藤の家を飛び出した。 あの眼に逆らえなかった。 だから着いてきてしまったのに、結局俺は…。 …何がしたいか分からないのは、俺自身だ。 俺に無いものをあいつは持っている。 強い心に、暖かい家族。 愛される存在として生きている。 それを疎ましく思う自分がひどく滑稽に思えた。 この足で、警察に向かおう。 もう嫌だ…。 こんな自分、嫌いだ…。 「待って、国村くん…!」 突然腕を掴まれて後ろを振り向くと、息を切らした進藤が立っていた。 「…着いてくんなよ、うぜえ!」 「最初…分からなかった。なんで国村くん達にこんなことされなきゃいけないんだろうって。俺が何したんだって」 …そうだよ、進藤は何も悪くない。 俺の心が弱いから。 弱いからこうなってしまった。 「…でも国村くん、いつも辛そうなんだ。俺を殴る時」 「…は?」 俺が、辛そう…? 「正直、そんな顔をするくらいなら何でこんなことって腹が立ってた。でも、いつの間にか、国村くんの事を理解したい…支えてあげたいって思ってた」 「…俺を支えたい?お前に俺の何が分かるの?」 お前には…絶対に俺の気持ちなんて分からない。 俺に無いものを持っている奴には、俺の気持ちなんて…。 「…そうだね。他人に他人の気持ちなんて分かりっこない。みんなそれぞれ考え方や、価値観も違う」 進藤はそう言うと俺に近づく。 「国村くん…」 「っ…!?」 突然、視界が進藤の顔でいっぱいになる。 唇が柔らかく暖かい。 「俺、国村くんの事が好きなんだ」 は…? どういう状況…? てか、今…こいつ、俺に…キスした? 「突然ごめん。でも、俺は本気だから」 「っ、気持ち悪っ…」 「はは、そうだよね…」 男にキスされて、告白までされた。 今までにないことで頭が混乱している。 何で、どうして。 散々な目にあわせてきたのに。 …こいつの事がよく分からない。 「国村くんの恋愛対象は女の子なのは分かってる。だから、国村くんと付き合いたいとかは望まない。ただ…国村くんの事が知りたい。力になりたいんだ」 「…いや、訳わかんねえ」 「…だから、警察なんて行かなくていい。俺が国村くんを助けるから」 またあの強い真剣な瞳に、逆らえなくなるところだった。 男同士の恋愛なんて、自分に縁のないものだと思っていた。 まさか当事者になるなんて。 明日からどう接すればいいのか。 俺は混乱した頭で明日のことを考えながら帰宅した。

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