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第2話:嫌気

朝、いつもと同じ時間に目が覚める。 昨日の事であまり眠れなかったせいか、身体が重い。 学校…行きたくねえ。 昨日の件で滝本と宮村に会うのが気まずい。 そして、進藤にも。 でも、行かなきゃいけない。 会いたくない奴がもうすぐ帰ってくる。 俺は重たい体を起こし、学校に行く準備を始めた。 学校に着くと、滝本と宮村はもう教室に居た。 幸い、俺の席は2人の席から離れている。 だから、話す事なんて意識しなきゃそうそう無い。 でも結局足が竦んでしまう。 …だめだ。 あいつらのこと、今は考えられる余裕がない。 俺が悪いのはわかってる。 わかってるけど、あの2人に合わせる顔がない。 あんなところを見せてしまって、酷いことも言ってしまった。 でも俺はあいつらを友達と思った事がない。 ただ一緒にいるだけ。 なのに、胸が痛くなる。 俺は教室に入るのをやめて、屋上へと向かった。 …今日は授業サボろう。 屋上に着くと、まだ朝だというのに生温い風が頬を撫でる。 もうすぐで夏か。 今年はやけに雨の降る日が少なかった気がする。 俺は鞄を枕代わりにして地面に寝そべった。 雲ひとつない、青くて綺麗な空が目に映る。 「国村くん?」 聞き覚えのある声になぜか冷や汗が垂れた。 「おはよう、国村くん」 「なんでお前がここに…」 「さっき、教室に入らずに屋上に行くのが見えたから」 冷や汗の元凶であろうあいつ、進藤が、屋上の扉を開けて立っていた。 「…教室、行かないの?」 「どさくさに紛れて隣座んなよ…」 何も考えたくなくて屋上に来たのに。 進藤のせいで、また頭の中があいつらと進藤のことでごちゃ混ぜになる。 「国村くん見て、飛行機雲」 「…普通に話しかけてくるんだな」 「え?だって昨日言った通り俺は国村くんがすっ…」 「わかった!分かったから一旦黙れ!」 俺は進藤の口を塞いだ。 手のひらに、柔らかい感触が広がる。 この感触はあれだ。 完全に…唇…。 「うわぁ!」 思わず昨日の事を思い出してしまった。 忘れたいと思った事ほど、なぜ忘れられないのか。 「そんな汚物みたいな反応しないで」 クスクスと笑う進藤。 全然笑うとこじゃねえだろ。 「…てめえが昨日変な事するからだろ」 「変な事って?…ああ」 進藤は俺に近づくと、耳元で…。 「キス、した事とか?」 そう小声で囁いた。 「や、やめろよ!!気持ち悪い!」 「はは」 ふざけんな。まじでふざけんな。 こいつは狂ってる。 あれだけされておいて俺に惚れるとか。 しかも男同士。 ありえねえ…! 「国村くん、顔赤い」 「っ…うるせえ!!」 くそ…完全に俺の事からかってやがる。 いつも通り殴ってやればいいのに、それが何故か出来ない。 訳が分からない。 どうでもいいのに、なんでだよ。 「…国村くん、今日の放課後時間ある?」 「あ?」 「もっと話したいと思って」 あー、うぜえ。 だるい。 めんどくせえ。 「てめえと仲良くなる気なんてねえんだよ」 俺は飛び起きて進藤の胸ぐらを掴んだ。 寝不足でイライラして、あいつらの事、それからこいつの事でイライラしている時に、こいつは余計に火を注ぐ。 「二度と話しかけんな」 「…俺、待ってるから」 まじでなんなんだよ。 何を考えてるんだよ。 進藤の言葉を無視して、俺は屋上から出た。 教室に行く気にはなれない。 図書館は昼休みにならないと開かない。 保健室しかねえな…。 「あら、国村くん。またサボり?」 「…ベッド借りる」 保健室に着くなり、俺はベッドに潜り込んだ。 進藤が昨日言ってきた事は本当なんだろうか。 これはあの後も、家に帰ってからずっと考えていたこと。 だから寝不足になってしまった。 普通、自分のことをいじめてきた相手を好きになるか? しかも、昨日はあんなことまでしたのに…。 嫌いになってもおかしくない。 なのになんで。 保健室の独特な匂いが眠気を誘う。 「まったく…。昼休みまでだからね、ベッド貸すの」 養護教諭の言葉に返事もせず、俺は眠りについてしまっていた。 そして、夢を見た。 進藤が……、俺に迫ってくる夢。 『国村くん…好きだよ』 綺麗な顔が俺に近づいてくる。 やめろ…。 俺は、男なんか…。 そして、一瞬のうちに裸にされていた。 なんで裸!? 目の前にいる進藤も裸になっていた。 白く華奢な身体。 『国村くん…気持ちいいこと、教えてあげる』 『やめろ…!』 『素直じゃない所も好きだよ』 徐々に進藤の指が、俺のアレに近づき…。 「っはあ…!!」 いや、夢か…。 俺、なんであんな夢見てんだよ…。 額には大量の汗。 「は…?」 受け入れたくない現実に、俺は絶句した。 いや…寝て起きたからこうなってるだけ…だよな? ズボンの中心が盛り上がった状態で、余計に汗が噴き出てくる。 「はーい、国村くーん、昼休みだから保健室出てー」 俺はその言葉に我に返り、トイレに向かうために急いで保健室を出た。 冗談じゃねえ。 なんであんな夢見てんだよ! おまけに勃ってるし…!! 昼寝しても普段はあんまり勃たない。 ぜってえあの夢のせいだ…。 「進藤くん!」 トイレに向かう途中、聞き覚えのある声に足が止まる。 声のする方へ視線を向けると、少しだけ付き合っていた奴と進藤がいた。 「お昼、一緒にどうかな?」 「え…、あ、えっと」 『私、進藤くんを好きになっちゃったの…』 あの日、そう言われたことを思い出す。 …全員、俺なんかどうだっていい。 進藤も、好きとか言っておきながら、どうせ俺の事なんてすぐにどうでもよくなる。 そもそも男同士でなんてありえねえよ。 進藤の勘違い。 いじめた奴なんか好きにならない。 全部あいつの勘違い。 「あ、ここ怪我してる…」 「ちょっと転んで」 ムカつく。 あの女にも、進藤にさえ腹が立つ。 …なんで? なんで、俺があいつにムカつくんだ? …こんな自分が嫌になる。 訳の分からないこんな自分に。 「あ…国村くん…」 あの女が俺に気付いたのか、進藤との距離を少しあけた。 …なんだそれ。 俺への気遣い? 気を使われるほど、お前のことなんて眼中にねえよ。 「ご、ごめん…進藤くん。私昼休みにやらなきゃいけないことあるの思い出しちゃった…行くね…」 そして、俺の横をすり抜けていく。 「国村くん、どこ行ってたの?」 女がいなくなり、進藤が俺の元へ駆け寄る。 何事もなかったかのような表情にイラつく。 「…うるせえよ」 進藤を避け、俺は再度トイレに向かう。 元々トイレに行くつもりだったのに、もう用事はなくなっていた。 でも、1人になって頭を冷やしたかった。 「国村くん…!」 「っ…はなせよ!」 進藤に腕を掴まれたが、俺はそれにさえも腹が立ち、勢いよく腕を振り解いた。 「次話しかけたら、俺、本当にお前のこと殺しちゃうかも」 嘘だ。 嘘に決まってる。 そんなことまったく思ってない。 なのに、思ってもないことが自然に口から出てしまう。 呆然と立ち尽くす進藤を尻目に、俺はその場を離れた。

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