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第3話:困惑

放課後になり、俺はアルバイト先に休むと連絡を入れた。 別にアルバイトをしなくたって生活できる。 でも、この現実から早く抜け出したくて、誰にも内緒でアルバイトをしていた。 ただ…今日はどうしても行く気になれなかった。 あの後考えてはみたものの、終始イライラしてしまい、考えることをやめてしまった。 …ずっと屋上にいたから、肌がピリピリする。 「国村くん!」 「…」 下駄箱に向かうと、進藤が待ってましたと言わんばかりのキラキラとした目をして、俺に駆け寄ってきた。 「帰りは1人?」 「…知らねえ。つかさっき話しかけて来るなって言ったよな」 「言ったっけ?」 …こいつ!! まじでなんなんだよ。 ペースが乱れる。 「一緒に帰ろう」 「はあ?なんで俺がお前と」 「帰ってくれないなら、昨日の事みんなに言いふらす」 …クソかよ。 学校を出ると、終始無言で歩き続けた俺は進藤の言葉を全部無視した。 付け上がられても困る。 押したらいけそうとか思われてたら腹が立つ。 そして、明らかに場違いなカフェに連れてこられていた。 「ここ気になってたんだけど、1人だと勇気出なくて」 店内はピンクや白を基調としていて、所々にウサギのぬいぐるみが置かれている。 壁にはハートや星の装飾が施されていた。 店内をチラッと見ると、飲食しているのはほとんど女。 そりゃそうだよな…。 こんなとこ、滅多に男なんてこねえよ…。 「いつも女の子ばかりだから気まずくて」 「ふざけんな…」 男も女も大差無いくらいの客層だったり、万人受けの店内なら1人でも来れるけど、ここは確かに気まずい。 店員も女しかいないし。 だからって、俺じゃなくて他の男に頼めよ…。 …あの女とかさ。 「何頼む?俺の奢りだから、好きなの頼んで良いよ」 「…元々そのつもりだわ」 嫌々着いてきてやったんだからな。 とは言っても、メニューまで可愛いやつかよ…。 うさぎをコンセプトにしているのだろうか、料理やドリンクのタイトルに必ず『うさぎ』の文字が入っていた。 なんだよ、うさぎさんコーヒーって…。 とりあえずコーヒーでいいわ…。 「俺、好きな人には貢ぎたいんだよね」 「っぶ!!」 「だ、大丈夫?」 店員が持ってきてくれた水を口に含んだ瞬間、こいつが変な事を言うから吹いてしまった。 こいつ正気かよ…。 「けほっ…っ、なあ、俺の何がいいわけ?」 「え?もしかして、少しでも俺に心開いてくれてる?」 「そんなんじゃねえ。…単純に気になってんだよ」 別に、誰が誰を好きになろうが俺は興味ない。 相手が異性でも同性でも、本人達が良いならそれでいいと思う。 けど、自分に当てはめたら別だ。 俺は恋愛に興味ないけど、恋愛対象は女。 ハッキリ言える。 だから、男に告白されても困るし気持ち悪い。 でも、こいつは男の俺が好きになった。 俺の何が良くて? 虐める人間と虐められる人間。 どうしたら、そこの関係に恋愛が芽生えるのか、単純に興味はあった。 「えー…何と言われても…強いて言えば…顔?」 顔…。 「てめえに言われても説得力ねえわ」 「え?国村くんはかっこいいよ」 ムカつく。 芸能人よりも綺麗な顔立ちの癖に、他人にかっこいいとか言える余裕がムカつく。 「あ、それにその髪色」 「髪色?」 「俺、国村くんの髪色好きだよ。似合ってる」 「ただの金髪だろ」 高校に入学して直ぐに染めた。 校則が緩い高校に入ったのも、金髪に染めたかったから。 「いや、国村くんがするから特別に思える」 「…意味分かんねえ」 結局、こいつは俺のどこが好きなのだろうか。 見た目ばかりでイマイチよく分からなかった。 頼んだコーヒーを飲みながら、一方的に話をしてくる進藤に呆れながらも、俺は何故か……この時間を楽しいと思ってしまっていた。 認めたくない。 昨日まで虐めていた奴とカフェでコーヒー飲んで、楽しいとか…ありえないのに。 ほんの少し。 進藤は他の奴らとちがうのかも知れないと、心のどこかで期待をしていたのかもしれない。 「ここのコーヒー美味しいね」 「まあ」 「…俺、ここに国村くんと来れて良かった。今日はありがとう」 無理やり連れてこられたんだけどな。 …なんて、本当に嬉しそうな顔で言われたら、そんな事は言えなかった。 進藤の話を聞きながら、段々と冷めていたコーヒーを飲み干し、俺たちは店を出た。 「今日、俺が奢るつもりだったんだけど」 「うるせえよ。お前に奢られるのが何かムカつくからやめた」 「何それ」 くだらない会話。 今まで進藤とこんなに会話をした事なかった。 もうすっかり暗くなった道を無言で歩く。 そして、この静かさを先に打ち消したのは進藤だった。 「この後、まだ時間ある…?まだ話したい」 進藤は顔を赤らめながらそう言う。 もう夜だから、顔の赤さなんて気づかないはずなのに。 ああ、今日は月がやけに明るいからか。 「俺、もっと国村くんの事を知りたい。だから…教えて欲しいんだ。国村くんの事」 「…別に教えることなんてねえよ」 「あるよ!好きな食べ物とか、趣味とか」 そんなの知ってどうすんだか。 そういえば、今まで付き合ってきた奴らも、そういうの知りたがってたな。 他人のそんなの知りたくなる理由がよく分からない。 そうこうしているうちに、自分の家の近くまで来てしまっていた。 …やば、無意識だった。 「ねえ、お願い」 進藤の猫撫で声に俺は一瞬怯みそうになる。 …こいつ男だよな!? だめだ、絶対に家の中なんて入れたら、また調子に乗る。 「無理」 「ねえ、なんでー!いいじゃんかー!」 「は、なせっ!」 すれ違い様にチラチラと見る人たち。 やばい、こんなところ近所の人に見られたら…。 かと言って、静かに話せる場所なんてこの近くにない。 公園とか河原があればいいのに。 マンションのエントランスは? …いや、近所の人に会ったらめんどくさい。 ん〜…堪忍するしかないか…。 子どものように駄々をこねる進藤を突き放す。 「…家、すぐそこだから」 「え、このマンション?」 「家で話そう」 本当は嫌だけど仕方ない。 こんなに駄々をこねられたら、いつ近所の人に見られるか分からない。 俺は呆然とする進藤の腕を掴んで、家まで連れて行った。

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