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epilogue

    *   *   *           手帳に散った涙が、エディーのへたくそな字を滲ませた。  何度も何度も繰り返し手帳を撫で、祈るように額へと押しつけた。嗚咽をかみ殺し、震える。 「エディー、エディー……、すまない、エディー……」  もう私の光は消えてしまった。太陽が無くなって、毎日毎日寒くて仕方が無い。  私のせいで、エディーの大きくてあたたかい命は消えてしまった。遺体だって、あまり集められなかった。ビルに報告すると、彼は消えそうな声で、ただひとつ、「そうか」と呟いた。いっそ、お前のせいだと詰られた方が救われたのかもしれない。  エディーの家族の、そして隊員たちの悲しみが私の壊れた肩を更に押し潰す。これは、しかるべき罰だ。私が負わねばならない罪の大きさ、重さ。     朝焼けに照らされたエディーの最期の表情。唇の動き。“守るよ”と、そう言っていたように感じた。     最期の記述が終わり、空白のページが連なるのが哀しい。本来ならば、この空白には、休暇中の楽しい思い出がたくさん綴られる筈だったのに――。 「あっ……」  渇いた指がページを滑らせ、末尾に記された一文がふやけた瞳に飛び込んできた。    『伍長と兄ちゃん、それから隊員みんながずっと幸せでありますように』     エディーは命そのものだ。太陽は、もう昇らない。               *   *   *           エディーの遺品と共に、私はサクランボの花が香るバージニアを訪れた。  あの日の雨模様とは打って変わって、ひどく気持ちの良い夕風だ。潮風がふんわりと香る。斜め掛けの鞄が痛む肩に食い込むのを感じながら、凪いだ海原に沈む夕日を見つめる。  燃えるような緋に染まる海。エディーの深海の瞳――――……。  『みんながずっと幸せでありますように』  砂塵の戦場で何度も命を死に触れさせながら、彼はそんな、ごく当たり前で普遍的な願いをそっと認めていた。  私は、その幸せの願いの中に、エディーも組み込みたかった。組み込まれているものだと、信じて疑っていなかったのだ。  初めてエディーと出会った遠いあの日のように、同じ道を辿る。エディーが何年も踏みしめたであろう、命の回廊であるアスファルトを自らの足でなぞるように歩む。  ひとりぼっちで、ただひとりぼっちで。  ふいに潮風が止んで、私は夕空を振り仰いだ。 (ああ、ここにも、エディーの青が……)  夕焼けに侵されず、まだ青みがかった空の断片が必死に息をしていた。  見守っていてくれているのだろうか。いまでも、私はただエディーの幸せを祈り続けている。ずっとずっと、ひとかけらも逃さず、私のいのちすべてをかけて、彼の幸せを祈り続けている。  止めていた足を進める。そこかしこから花が香り、歩みを止めるなと言わんばかりに追い立てる。  止まることは許されない。私は、エディーのむきだしの命をいまこの瞬間も、胸に抱いて歩いている。  私は長い休暇ののち、再訓練を経て、オーバーロード作戦のため北フランスのノルマンディー、オマハ・ビーチへと出征する。  そこの海は、美しいだろうか。      

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