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第20話

「やっぱ、あるんですね、そういうの……」 「ん……まぁ……」 「……分かってても、加藤さんが詳しいの、妬けるんですけど……」  ぎゅっと、宮下が抱き付いてきた。 「……俺は、そういうの、可愛くて困るんですけど?」  甘えるみたいな仕草に、きゅんと胸が引きつれる。 「ぅぅ……、加藤さん、余裕っぽい。俺、いっぱいいっぱいなのに……」 「余裕はないけどな……」  そう言って、抱き付いた宮下の頭を撫でる。  余裕はないけど、慣れない宮下は可愛いし、少しだけ余裕のあるふりをしたい自分もいる。それに…… 「それに、やるなら失敗したくない……とかな、思ったりしてる」  ちょっと言葉が震えた。弱気な言葉は、声に出すと余計に不安になった。失敗に対する恐れは年を取る程増していた。  失敗してもいいと思ってるし、失敗を反省して次に活かす術も知っている。理性ではわかってるんだ、失敗しても大丈夫だって。仕事では余裕で構えていられるのに、ことが恋愛となると話が違ってくる。  何が正解で失敗かなんてわからないし、失敗がいい結果に流れることもある。全部正解を選んで努力したつもりでも、相手の気持ちひとつで、全部がふいになることもある。  何がきっかけになるかもわからないから、何か一つでもきっかけになるかも知れないことは避けたくて、……すごく臆病になっている自覚はある。けど『失敗しても平気』なんてうそぶける程の余裕がない。 「加藤さんも、失敗に弱気になったりするんですね。いつも鷹揚に構えてるから……」 「……仕事とは、違うからな……」  そんなに、宮下が大事なんだと、宮下のことばかりなんだと告白しているみたいですごく恥ずかしくなる。 「……それって、俺のこと、すごく好きってこと?」  真っ直ぐに聞かれて、かっと頬に血が登る。 「……そーだよ」  やや、投げやりに答える。……だって、恥ずかしいのだ、とんでもなく。 「じゃあ……、俺が失敗しても、嫌いになったりしないで下さいね」 「そんなん、なるわけないだろ……」 「加藤さんは失敗するわけないし……」 「……おい、ハードル上げんなよ……」  何なんだ、その期待値は……。すごいプレッシャーなんだけど。 「だって加藤さんてば、どんなになっても可愛いの限界突破って感じで……。今以上にメロメロになる予感しかないんです」  宮下は顔を上げて、ちゅっと軽くキスをした。 「……今も、会話も姿も全部が想定外で、ものっすごい可愛くて……可愛いんです……。ギャップがすごいんです……。興奮しすぎて失敗しても、笑わないで下さいね……」  そういうと、ぎゅっと抱き締めてもう一度、長い指が性器に触れた。 「ひゃっ……」  わかっていたことだけど、もう一度俺は飛び上がる。  ギャップがすごいなんて、こっちのセリフだ。大人だったり、可愛かったり、強気だったり、控えめだったり……。ブンブン振り回されて、ぐるぐる目が回ってる。  目が回って、酔っ払ったみたいに、夢中になっている。  するするっと手が滑り、大きな手が尻を撫でる。 「ここの、奥、触ってもいいですか?」  くるくると尻たぶを撫でて掴んだ手が宮下の我慢を現してるみたいで、覚悟を決めてコクンと頷く。そのままそろりと割れ目に侵入した指は、最奥をなぞってきゅっとした窄まりを見つけた。  指がクッと力を入れてそこを推すと、それまでとは違うゾワリとした感覚がある。反射的に宮下に縋る手に力が入った。  緊張のあまり笑い出したいのを我慢して、恥ずかしい言葉を口にする。 「そこ……、ローションあるから……」 「はい。これ、ですよね」  宮下は素直に返事をして、さっき俺が並べたローションを手に取る。 「それとコンドーム使って、……指、入れて……」  叫びだしたいのを我慢しても声はどんどん小さくなった。恥ずかしさに全部投げ出したくなって、でも真剣な宮下の様子がブレーキをかける。  こんなことだと解っていたら、自分である程度準備しておいたのに。それだけの時間はあったのに。全くというわけでもないけど、思い至らなかったなんて……、自分が悪いんだけど。 『備えあれば憂いなし』と過去の自分が笑う。もしかして、と思った時にやっておけば良かったんだよなぁ……、今更なんだけど。  ゴロリと横になったまま、手で顔を隠して指の間から宮下の様子を盗み見る。  女相手にはローションとかゴムとかまでの準備はいらないだろうし、物慣れない手元に思わず手を貸したくなったけれど、バックンバックン鳴る心臓で自分もそれどころじゃない。  本当に、四十数年も生きて来て、しかもゲイだと自覚して三十年近く経っているのに、そこに何かを突っ込んだことは覚えている限りでも片手の指に足りない。そのうち二度は母さん突っ込まれた解熱剤。  後は自覚してセックスに興味を持った頃に自分でしてみようとして指一本でリタイヤした時と、好みの男とそんな感じになって乗せられてやってみた時。その時も結局指一本で諦めた。なんかもう、ダメだったんだ。気持ち悪いとかなんとか、そういうの以前に『無理』って感じで……。  今度は大丈夫なんだろうかと不安が鎌首をもたげるけど、何でか期待している自分もいた。『宮下だったらいいかな?』と『宮下とだったらしたい』の中間。どっちとも言えない気持ち。  でも宮下が俺としたいって思ってくれるなら応えたい。  純粋な宮下への好意と、どこかに、それで繋ぎ止められるならって打算もある。色んな気持ちが混ざり合っている。  だけど……、 「加藤さん」  準備を終えた宮下が名前を呼んだ。  真剣な表情。それで全部が吹っ飛んでしまった。『好き』って気持ちで『繋がりたい』って……、それだけになる。 「ちょっと待って……」  そう言って、宮下の前で尻を突き出した四つん這いの格好になる。恥ずかしくて死んでしまいそうだけど、お互いにこの格好が一番楽だって知っている。 「お……ねがい、します……」  他に何と言っていいかわからず、タオルケットに顔を埋めて言った。心臓が、破裂してしまいそうだった。  ぬるり、と冷たいものが尻に触れる。  経験が、自分の格好と宮下の行動を補助して「今、宮下が見ているのは……」って考えた。  突き出された尻と、そこにある窄まり。多分、俺の肩は少し震えていて、緊張が伝わってくる。  ──ここに挿れるんだ……。  確認するように触れて、指に力を入れてその窄まりを解く……。  自分の想像と同じように指が触れる。力を入れて、そのきつくて熱い体内に指が飲み込まれる、その興奮を知っている……。

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