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第30話

 あれから、何事もなく順調に付き合いが続いている。  暑さと共に熱は去るんじゃないかというのも杞憂で、季節が一つ過ぎ、二つ過ぎてあっと言う間に一年で一番寒い季節。  二人でこたつに入って鍋をつついている、というこの状況。俺には漠然と、上手くいかないという思い込みがあったらしく、俺は今の幸せなだけの平坦な日常が不思議でしかない。  最初の半月くらいは距離を測りかねたけれど、その後は落ち着いて職場でも、飲みに行ったら仲良くなった位の距離感でいられている。……と思う。正直、時折はというか結構ドキドキしちゃうこともあるんだけど、それでも年の功ってやつだろうか。その時に何とか取り繕うくらいは出来る。  かといって、何の悩みもないってわけではなくて。  一つは年齢。普段は二十歳も離れているとは思えない順調さでいるわけだど、それもほとんどは宮下が仕事の時の『上司の顔』を立ててくれているからだと思っている。  仲良くなったら言葉も砕けてくるかな、なんて思ったんだけど、宮下は気安くはなっても言葉遣いはそのまんまだ。最初はセックス中でも丁寧に話されることに違和感があったのに、今ではそれが普通になってしまった。  そのおかげで仕事中も困ること無くいられるのだと思うけど。  年齢的な話題のギャップなんかは感じる事はあるけどそれは障害でもなくて、宮下は面白がって話を聞きたがるし、俺は俺で宮下のおかげで新人の奴らも『息子みたい』なんて説教臭くならずに済んでいるんじゃないかと思う。  それから、宮下にまともに付き合ってると太る! 俺もそうだったし、若い奴がたくさん食うのは分かっている。けど、ラーメン食べに行って今までは大盛りだけだったのに、宮下と一緒に行くと宮下がチャーハンをセットに付けたり、餃子を一緒に頼んだりするものだから、自分も食べたくなってつい頼んでしまう。……と、いうような事を三カ月も続けていたら、一か月ごとに一キロ以上太っていた。  同僚や旧友の『結婚したら太った』だの『歳取ったら太った』を笑って聞いていたのに、もう笑えない。二十代から緩やかにサイズを上げてきたズボンのサイズが、わずか三か月で次のサイズに届くなんてさすがにマズイ。  さすがに太ったのは宮下にもバレて、いつだったかセックスで寝落ちて気が付いた時には腹の肉を摘ままれていた。 「触ってるとすごい気持ちいいんですよね」  なんて言っていたけど……、さすがにそれを笑って受け入れて太り続けることは出来なくて、今は絶賛ダイエット中だったりする。  今日のキムチ鍋も、たっぷり入れた豚肉はなるべく避けて、鳥団子と白菜、それから豆腐をつついている。冬だし痩せるのは難しくてもせめて現状維持と、職場の女子社員のダイエット話に聞き耳立てたりして。  まぁ、あとはアレだ。セックスの時の体力の差が凄い。  どうしても『若いって凄いな!?』ってのは常に感じる。実は今までは疲れたなぁと思う時にだけ買っていたエナジードリンクをこっそり常備するようになった。  宮下は最初からセックスの勘がいいというか、割と相性良かったというか、精神的に抵抗あった受け身も、肉体的にはすんなりと受け入れられた。ネコでいれば勃たなくても大丈夫っていうのも実のところ助かっている。  が、ネコでいるが故に何度もイカされるってのもあって……。ネコなら射精しなくても快感を得ることはできて、射精しなくてもオーガズムを感じられるのは知ってはいるんだけど、それはまだ、なんていうか少し怖い。怖いからつい、射精で終わらせたくなってしまう。  といっても、宮下主導で動かれてしまえば自分で出来る事は限られていて、射精した後も続けられてしまうと強制的にその領域に行かざるを得ないんだけど、そうなってしまうともう自分じゃ制御不能だ。  ぐちゃぐちゃでわけわからなくなって、いつも気が付いたら朝だ。  さすがに平日にそこまですることはないし、週末だってそこまでするのはたまにしかない。……だから、宮下はちょっと不満なんじゃないか?なんて心配もある。  本当は射精しないオーガズムの方が肉体的には疲れないってのは、何となく気付いている。二回射精させられた時より、射精しないままイカされまくった日の方が、翌朝スッキリ起きられる。「今日はなんかツヤツヤしてますね」なんて、職場の女性事務員に言われもする。  だからそれに慣れればいいだけなんだけど、三十年近く寄り添った射精の快感から、それのないオーガズムに慣れるのは難しい。まず、射精しなくてもいいって思うのが難しくて、射精したくなっても我慢するのが難しい。  今まで、当たり前にそういうものだと思って「怖い」って訴えられても、「大丈夫」なんて言ってきたけど、本当に怖くて今更ながら心の中でごめんと謝っている。それで、因果応報ってこれのことか……と思ったりして。  まぁこれも俺が頑張ればいいだけの事なんだけれど。  ……それと、あともう一つ、一番気になっている事がある。こればかりは自分ではどうすることも出来なくて、こっそり隠し続けている。隠し続けているけど、いつバレるんじゃないかとヒヤヒヤしている。  俺は見た目的には若作りってわけではないけれど若く見えると思う。同じ年の同僚が「白髪が増えた」なんて話していても、そうなんだな、と思っているだけだった。  それが、だ。  ついに来てしまった、白髪問題。まぁ、普通なら「歳だしな」で済む話なんだけど、なんていうか見た目だけでも宮下と『親子と言われたくない』俺にとっては一大事。でも、それが頭の毛ならまだ笑っていられた。  それが生えた場所がまた問題だった。自分と宮下くらいしか気付かない場所、つまりは陰毛。  その存在に初めて気づいた時は自分の目を疑った。こんな所に白髪なんて生えるか!? ……いや、生えるから生えたんだろうけど。  そもそも白髪って、最初から白いのが生えて来るんじゃないよな?「オマエ……いつの間にそんなに白くなっちまった?」と思わずそこに生える一本の毛に話しかけた。まあその時はその一本をそっと切って終わらせた。また伸びてきたら切ればいいな、なんて思って。  そしてその二週間後、ヤツはまた現れた。前回チンコの右上側で発見したのと同じ、きれいな真っ白な毛が今度は左真横に生えている。  本当かよ。勘弁してくれ……と、落胆しながら、また切った。  そして、また二週間後……。最初に切った白髪がいつの間にか長くなって、ついでにチェックしていると、今度は下側にも……。  ちょっと、ちょっと待ってくれ。  これって、俺の身体が悲鳴あげてるって事か? 性的にしんどいとか、そういう事なんだろうか? ……もしかして、年の割にやりすぎとか?  身体の隠れた場所のことだし、外側からは全く分からない。宮下にさえ隠し通せばなかった事に出来る。いや、生えてはいるのだから無かったことにはならないが、それでも無かった事に……。  この、白い陰毛は地味に俺を悩ませた。  いつどこで出現しているのか、まだその現場に立ち会ったこともなく、一応毎日確認しているのに、翌日には忽然とそこに現れるのだ。これじゃあ切っても切っても宮下にバレるのは時間の問題。……いや、本当はバレたって「まぁ、歳なんだから」で済むと言えば済むんだけど……。  だけど、やっぱり見られたくない!  いくらちょっと痩せようと、外見若く見られようと、セックスで頑張っていようと、陰毛に白髪って引かない!? いきなり老人感ない!? 萎えたりしない?!  何で生えて来るんだよ!!  ダイエットや若見えの話題では熟年女性社員が頼りになったが、頭の白髪ならともかくさすがにこれは聞けない。もしかしたら何か解決策を知っているのかも知れないが……、聞いたらダメだろ。かと言って、上司だの同期にだって聞きづらい。  もし、同じように陰毛に白髪が生えたとしても「気にしなきゃいいだろ」で終わりそうな気がする。知っている限り、すごく年下の彼女や嫁さんのいる人は居ない。  俺はこっそりとため息を吐いた──。

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