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第40話

 布団のすき間から入る冷たい空気に辟易して、もそもそと身体を伸ばして宮下の隣に戻る。熱が冷めてしまえば、いつまで経ってもこの時間は気恥ずかしさしかない。  顔を見られたくなくて肩口に額をうずめると「おはようございます」と寝起きの声が呟いて、顔を上げるように促される。  それから唇に、軽く触れるだけのキスをして離れる。  なんつーか、甘くて仕方ないこれが、宮下が起きた時の朝のルーティーン。それで、恥ずかしくなった俺が逃げるまでがセット。  そもそも軽くだけだって、今は俺の口、宮下の味ですけど!? 朝一でそれは嫌じゃないのかよ。でも、拒否を拒否されたことはあっても嫌だと言われたことはない。  身体を離そうと腕を突っぱねると、宮下は離すまいと抱き締める。少しだけ攻防して諦めた。細身の宮下と俺では俺の方が体格は良くて、寝転がった俺に長身の宮下が圧し掛かって抱き付く。  さっきと逆に、俺の肩口に宮下が額を埋めて、その頭と背中を撫でてやったりする。まあいわゆる、宮下の甘えん坊タイムだ。  こんな時、ふつふつと愛しいみたいな気持ちが湧いて来て、それはセックスの最中の感じるものと同じようでいて、少し方向が違う。幼い子供に感じるような単純な、愛しさ。  母性とか、父性とかそういうものなのかと思うけれど、その感情に名前を付けるのは難しい。だから結局、愛しいとか好きだとかしか言葉にはならないのだけど。  そうして転がっていると、宮下の安心したみたいな、和んでいる空気が伝わって来る。そのうち、うつらうつらと眠くなってきて、小さくあくびがもれる。……いや、起きるんだって。  起きて何をしなきゃいけないわけではないけれど。寝るのにも体力がいる、なんてどこかで言っていたが、俺は寝たり起きたりの時間が不規則になるのは得意じゃなくて、出来れば昼間は起きていたい。  三度寝に入りそうな宮下をそっと横に避け、行かないでという抗議を無視して起き上がる。室温を少し上げ、寒い…と腕をさすりながら風呂に湯を張り、飲み物片手にベッドに戻った。  布団の中に足を突っ込んで、宮下の体温を奪う。 「あったけぇ……」 「冷った!」  反射的に足を避けた宮下に足を絡めると、温かい手が伸びて足を温めてくれる。 「起きないの?」 「も少し寝たいです……」  温めてくれる宮下にきゅんとしながらも、まだ寝る気かと呆れて聞くと、こんな時でも敬語を忘れない宮下が答える。ふぅん、と言いながら喉を潤していがらっぽさを無理矢理飲み込んだ。 「寝てな。俺は風呂行って来るわ」 「えー…、寝ましょうよ」 「俺はもう寝れないって」 「若いなぁ。昨日あんなにやってたのに」  いやいや、あれだけやったから、せめて今のうちに湯舟で身体温めたいんだよ。ってことは内緒にして、ぽんと頭を撫でる。 「宮下は寝てていいよ。風呂入ったら戻って来るから」  まとわりつく名残惜しさを振り切って立ち上がると、不満の声を上げて布団を抱き込み宮下が丸まった。こういう、素直に甘えられるところは若さか、天性の性格か。くすりと笑って立ち上がる。  もくもくと湯気を上げる湯舟に身体を鎮める。ついでにお茶の香りと書かれた入浴剤を放り込む。なんとも言えない合成香料の匂いがして、これもあんまり良くなかったなぁ、なんて考える。  正直今までは、そんなに風呂好きでもなかった。この湯舟にだってこんなに頻繁に湯を張ったことはない。それが変化したのは去年の夏。つまり宮下と付き合ってから。更に言えば、抱かれるようになってから。  単純に老化なのか抱かれる側だからかは知らないが、久々のセックスに身体が悲鳴を上げた。気持ちと頭はやけにスッキリとして、明け透けな言い方すれば、玉が空っぽっていうすっきり感。なのに、身体のあちこちがバキバキになっていて。  辿りついた解決方法が風呂だった。本当は寝る前に入ればいいんだけど、つい寝落ちてしまうし、風呂でも寝落ちてしまうし、億劫だし。仕方ないから目が覚めてからの朝風呂が習慣になってしまった。  一人で、時には二人で狭いと言いながら入る湯舟は、思いの他気持ち良くて、今まで興味のなかった入浴剤にまで興味が出てきた。今はまだこれって言うのが無くて色々試している最中だ。  手のひらで湯をすくって匂いを嗅ぐ。やっぱり、合成香料の匂いが鼻に付く。あまりにフローラルなのは、何となく独り身中年男では似合わない気がして、甘くない香りをチョイスしている。  普段は気にならない匂いも、お湯で温められて蒸気で放たれるといつもの倍くらい気になって。やっぱり高いやつの方がいいのか? それともいっそのこと宮下に選んでもらおうか。  広いとは言えない湯舟に身体を伸ばして考えた。  あー…、後こっちの問題もあるんだったと、湯に合わせて揺れる股間を眺める。むしろ、こっちの方が問題だ。今日は無いよな?と目を凝らして股間の白髪を探す。  宮下、絶対昨夜は見たよな。服着せられていたし、きれいに拭かれたサッパリ感があった。  でも陰毛なんてむしろ自分からじゃ見えない部分にも生えているわけで。まあその辺まで丁寧に探してはいて、今のところそっちには被害はないようだけど。一体こんなこといつまで続ければいいんだか。  ……いや、むしろこれが改善することはないんだよな? 年齢白髪が黒に戻るなんて、染める以外道はないよな?  染める……か。悪い案ではない気がする。いやでも頭髪でも根本から色変わって来るし、根本だけ白髪が見つかるのは恥ずかしいな!? それ以前に、毛染めって下の毛に使って良いのか!? ……かぶれそうだし、やっぱり染めるのは無理か。  とすると……、やっぱりこれしかないのか。  俺はボディソープの横に置かれたひげ剃り用のカミソリを見た。これしかないよな、やっぱり。過去にやってみたことはある。けれど、あらゆる意味で愛好家の奴らが言う程良い物でもなかった。  曰く、蒸れなくていいんだよ、と言った友達。アイツは本気でサッカーをやっていて、暇があれば走りっ通しだった。あれだけ動いてれば、汗もかくだろうし群れもする。けれど、ごく普通の運動しかしない俺にはそんなに違いを実感することも少なかった。  曰く、見た目の興奮がスゴイよね、と言っていた飲み仲間。剃った時は、おぉ!と思ったものの、俺にその趣味は無くて興奮しなかった。むしろ恥ずかしくて仕方ない。ついでに言うと、毛が生えそろうまでは逆に見られないように気になって仕方なくて、バレないように前開きのパンツだけ使っていた。  曰く、ピッタリくっ付いた時がキモチイイ、と言った恋人? 気持ち……いいか? その気持ち良さがわからなまま、それ以上に毛の生える感触がかゆいし、チクチクするし気持ち悪くて仕方無かった。  ……しかし、今はそれしかないのか?  俺は覚悟を決めてザバリと湯船から上がり、風呂いすに座って股間を眺める。いきなり剃ってたら気になるよな? でも、今はおしゃれで整えたり剃ったり、あまつさえ永久脱毛なんてのもあるんだから、それでいけるのか?  いや、迷うからいけないんだ! やってしまえば迷うことも無い!!  俺は手に取ったボディソープを泡立てた。

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