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第46話

 ザリ、と肌の上をカミソリが添う。さっきよりは真面目にやっている、みたいな……。本当に、みたいな感じだ。  ザリ、とカミソリを滑らせて、ふぅ、と息をつくたびに、ぬぷと指が穴を撫でて遊んで……。 「な……、それ、やめてって」  その、ゾワゾワとした恐怖とふいに訪れる指の感覚、その落差がありすぎて何となくおかしな感じになってきた。ゾワゾワするのも気持ちいいみたいな……、これはもう絶対に頭の中がバグってる。  カミソリが外されて先端を水で流している隙に訴えた。 「なんでですか?」 「へん、だから……っ」 「気持ち良くなってきちゃう?」 「よく、なっ…ぁ、だから、ゆびっ……!」  ぬ、と指が一本奥まで挿し込まれて息を飲む。 「加藤さんて、ほんと……以外とMですよね……」  うっとりと呟かれて、そんなことあるか!と言いたいのに、んっと息をつめる音が出た。これじゃあ肯定しているみたいじゃないかと「ちがう」と否定する。 「怖いのも、気持ち良くなっちきちゃったんじゃないですか?」 「そんな、…ぁ、っ……!!」  差し込んだ指がぐるりと肉の輪を撫でると、一晩かけてゆっくりと戻ったはずのそこが、あっと言う間にとろけてぐずぐずになっていく。 「ん、いい感じ……。これくらいハリがあると、袋の所も剃りやすそうです。そのままでいて下さいね」  ちゅ、と尻にキスをして、宮下がふたたびカミソリを手にする。ぬるとローションの滑りを確認してから皮膚を手で押さえ、もう一度ザリ…とカミソリが肌の上を走る。  もう、その感覚がゾワゾワとして……、ほんと、おかしい……。  ぴくり、と身体が跳ねるのを腹に力を入れて耐える。けれど、ぐんぐんと性器に血が集まるのがわかった。怖さと気持ち良さが混ざって、カミソリを離される度に出そうになるあられもない声を我慢する。 「もう少しですから……、もうちょっと足開いて、突き出してくれるとやりやすいんですけど」 「ん……」  もう、こうなったら隠しようもないし、今更隠しても……。  そう考える思考の裏に、そう言い訳して全てをさらけ出したい自分がいることに気付いてしまう。されるがままになる、快感。  考えたらダメだと思う程に囚われて、考える。  もう、カミソリが触れる恐怖さえ、気持ち良さと交換されている。せめて声を上げないように、と我慢してただ宮下がそれを終わらせるのを待つ。 「ん~……、やっぱ、ちょっと残りはこのままじゃやりづらいですね」  カミソリを当ててみたり、皮を引っ張ったりしていた宮下が、これは無理だとさじを投げる。 「……終わり?」 「あと少しで全部きれいになるんですけど、見づらくて。でも傷つけたくないし……」  どうしろと言わない宮下に、焦れる。  今なら、何を言われても従うのに、と思う。 「今日は終わりに……」 「うえ、向こうか……」  言葉を発したのは同時だった。  すかさず、ぱっと嬉しそうな声で「上、向きましょう」と宮下が言った。  せめて、顔を見ていたらこんな事言わなかったのに、と一瞬で後悔する。さっきはそれが嫌で拒否したのに、俺、何言ってんだ、ほんと……。  だけど一瞬の後悔もむなしく、宮下は「はやく」と無言で急かす。  俺は自分で言い出しておきながら、しっかり後悔して、のろのろと身体を動かした。まだ朝日の色をしている窓の外がまぶしくて、余計にいたたまれない。  もう、見ないでくれよと思いながら、上向けに寝転がって足を開く。  宮下は当然のようにそんな俺を凝視していて、その視線だけでゾクゾクした。なんていうか、獲物を前にした肉食獣みたいな、そんな視線。それで、俺は獲物の覚悟をしているっていうか……。  冷静に見たら、なんだこの茶番劇って感じなんだけれど、それから逃れられない。  早くはじめて欲しいのに、宮下はただ黙って俺を見下ろして、ふ、と笑った。俺はそれが我慢できなくて宮下を急かす。 「は…やく、しろって」 「スマホ、持って来れば良かったな。今の姿、写真撮ってもいいですか?」 「はぁ? 何言って……」 「って言うと思って、今、目に焼き付けてました」 「ば……かっ、何、言って……」  ついつい、しどろもどろになる。 「そんなん言いながら、期待、してるんじゃないですか?」 「し…て、ない、し……」 「ほんとに?」  真っ直ぐ問われて、視線を外す。  もう、とにかく早くして欲しい。恥ずかしいし、なんていうか、もう本当に耐えられない。 「まあ、いいですけど……」  そう言ってようやく俺の膝に手をかけ、カミソリに手を伸ばす。 「加藤さん、足、自分で持っててくださいね。ちゃんと、俺に、全部 見えるように、ね」  わざとはっきり言い聞かせるように言って、俺が自分で足を支えるのを待つ。うっかり、自分で言った言葉に後悔して、だけどそれに従うこと、見られていることに陶酔するような快感があるのは、隠せなかった。  つ、と太ももの裏を宮下が指でたどる。反射でピクリと足が動いて揺れる。 「せっかくなんで、ちゃんと、きれいにしますね」  うっとりと溜息をつきながら言われる。なんていうか、目の前で全てをさらけ出されて託される、その感じはわかる。興奮とか、ぎゅっとくる感じとか……。  でも、わかるからこそ余計にいたたまれない部分もあった。  まぁつまり、宮下、本当におっさんの俺相手にそんな感じでいいのかよ!?っていう、それ。自分に自信がないわけじゃないし、同年代ではいい線いってるんじゃないかという自負はある。けれど、それにうぬぼれていられる程自信家でも世間知らずでもない。  好きでいてくれる気持ちを疑うんじゃないけど、今は『恋は盲目』なんだろう、っていう、諦めみたいな、達観するみたいな気持ちもあって。  そうは言っても、今はそんなこと考えている場合じゃないんだけど、でもそんなことでも考えていないと、今を乗り切れないってのもある。  勃ち上がりかけた性器を、押さえてぬるぬるの皮膚の上を、カミソリの刃が走る。一度剃った場所の剃りのこしをきれいにしながら、残った部分まできれいにしていく。  その優しくて丁寧な指の動き、それからカミソリの滑る感触、あと、時おり肌の上をわざとか偶然か撫でる指。  それの全部がもう……。  ふう、と溜息をついて宮下が「終わり」と呟いた。その言葉にほっとして息をついて身を起そうとすると、もうちょっと、と押しとどめられる。 「剃ったの流しますから。ちゃんと流さないとチクチクしますよ」  言いながら、股間に温かいシャワーをかけて、丁寧にぬめりを洗い流す。言いなりに大人しくそのままで宮下が流すのを待っていると、滑ってほころんだままの後ろに指が射し込まれた。 「んっ、ちょ……」  上ずりそうな声を精一杯抑えて抗議した。 「ほら、中開いてるから……」  そうなんだ、と頷きそうになる。 「……って、んなわけあるか! さすがに入らないだろ」 「入りますって、ほら」  ぬぷぷ、と指が根元まで突き刺さる。その場面を見てはいないんだけど、もう、どこまで届けばどこまで入れられているのかが、分かってしまう。 「ね、これで、こうすると……」  言いながら、腹側にゆるく折り曲げた指を、ゆっくりと引き抜いていく。すると、気持ちのいい場所を押し上げながら引きずり出された。 「っ…うっ……。入るって、そういうんじゃ、なく…てっ」 「こう、じゃなくて?」 「んっ……、ばかっ、あ、ぁ」  ぐいぐいと押し込んで、探り、弱い場所をこねくり回して快感を引きずり出す。宮下のその指の動きに、あっけなく翻弄されて俺は嬌声を上げた。

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