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第45話

 いや、いやいや、やっぱり無理だわ、マジで。  なんだかんだ言って、見える部分は良かった。何をしているか目で確認できているし、それなりに触り慣れてもいる。けれどその奥となったらまた別だ。  宮下以外はほとんど触らずに、触るとなったらセックスで。だけど目的地はそこではなく、優しく撫でられるのがせいぜい。  ぬめぬめとしたローションを塗る手は優しくて、思わず勃ちそうなんて思ったけれど、宮下が手にしたカミソリが近付いただけで、ひゅんと血の気がひいた。  言葉通り金玉が縮み上がる。ついでに自分で掴んでいた性器も一緒に縮み上がった。なんとか隠れようと逃げ込むみたいなそれを指で押さえてカミソリを当てる。  それだけで「ヒッ……」と、小さく声が出た。背中をぞわぞわと、快感と似ているようでいて真逆の痺れが駆け抜ける。 「加藤さん、動かないで!」  声と一緒にビクリと身体を震わせた俺を宮下がたしなめる。 「ちょ……、ほんと、無理、宮下……」  怯え切った声で宮下の名前を呼ぶ。正直自分でも情けないなとは思うけれど恐怖が勝つ。更にカミソリが肌を這う感触が俺を追い詰めた。 「加藤さん、本当に動かないで下さい。押さえてるから大丈夫ですけど、動かれると手元が狂いそう」 「動いちゃうんだってっ」  言い合って、カミソリの感触に息を詰める。俺は必死に息を止めているのに、ふ、と宮下が笑った。 「……な、に?」 「何でも……、ちょっと、玉が…、動くのが可愛くて。カミソリに合わせて動くんで」  ふくく、と笑いを堪える気配がする。 「……っ、しょうがないだろ、怖いんだから」 「わかってますって。やっぱり不安定だからよけいに怖いのかな。体勢が変えますか。いっそのこと、ベッドに行きます? そしたら寝てできるし」 「えぇ……? 体勢を変えるのはいいけれど、ベッドっていうのは……」  不満をもらした俺に「ここで寝っ転がってもいいんですけど」と宮下が提案する。 「……それもなんか嫌だ」 「あ、じゃあこっちにお尻向けて四つん這い……だとちょっとやりづらいんで、立って手を付いて脚広げるとか」 「……どれも、恥ずかしいのは変わらねぇじゃねぇか」 「いつも、その恥ずかしい格好、してますけど?」  にやりと笑われて言葉に詰まる。 「それとこれとは別だろ」 「そもそも、これ、始めたのは加藤さんですからね?」  そう言われてしまうとそうなんだけど。なんでこう、考え無しに始めてしまったのか。  そう、白髪が……。って、これもう、白髪があるってバレた方がマシだったんじゃないか!? 「いい加減、観念してください」 「してる、してるけど……。本当、勝手に反応するんだよ」 「気持ちはわかりますけど。……やっぱり、四つん這いにしますか」 「いや、…でも、うー……」  これもこれで辛いんだけど、四つん這い……。 「えっちする時はやってくれるのに、嫌なんですか? 四つん這いか、ベッド行くか、どっちかにしましょう」 「……今日はここまで、っていうのは?」 「また後でやるし、俺は楽しみが後に伸びるだけなので。あ、裏側はけっこう起伏あって難しそうなので自分でやろうと思わない方がいいですよ」  こっそり、と思った退路を塞がれて、また唸る。この状況で逃げ切るのは無理らしい。  ベッドか四つん這いかを迷う。アホらしい選択でも、俺にとっては究極の選択で。身体を拭いて、改めてベッドに頃がって……と、ほとんど仕切り直すことを思うと、そのままここでの方がいい気がする。 「それとも、一本ずつハサミで切るか抜きましょうか?」 「抜くのは無理」  すかさず答えた俺に「大丈夫でしょ。ワックスで一気に抜く方法もあるので」と宮下がワクワクと答える。 「ワックス?」 「なんかこう……ゴム?みたいな、ノリみたいな……、ガムテープ貼って取るみたいな感じです」 「それ、絶対痛いじゃん!無理!!」 「やれって言ってませんから」  怯える俺に宮下が笑う。宮下はなんでこんな事に詳しいんだ? 最近は男でも脱毛するやつがいるとは聞くが、こいつらの世代ではこれが普通なのかもしれない。 「じゃ、どっちにします?」 「……こっちで」  起き上がって、無言で宮下に尻を向ける。 「肩落として腰突き出してもらえば、膝ついたままでもできるかな」  言われたままに、その姿勢を取る。  していると言われれば、確かによくする体勢ではあるんだけどっ……。明るい浴室、朝、それからシラフっていうのが、もう耐えきれない。セックスの時はある意味、酔っているようなものなのだと実感する。  あの時の、恥ずかしいけど期待するみたいな、浮かされるような熱が無いだけで、身の置き所の無いような居心地の悪さだけを感じる。 「なんか、あれですね。初めてっぽいというか、妙にそそりますね」  そんなことを言いながら、つい、と尻たぶを撫でる。  何言って……、と呆れる頭の片隅で、まぁそうだろうなと思う自分もいる。快感と繋がらない、ただ純粋な羞恥と少しの恐怖心。確かにこれは、初めての時に似ている。 「今度はやりやすい後ろからいきますね」  パチンとローションのチューブの開く音がして、もう一度今度は後ろ側に塗り込まれる。少しいたずらに指が穴を刺激して遊ぶ。腰を振って「やめろよ」と嫌がると「つい誘われちゃって」クスクス笑う。  まったく、つい、じゃねぇよ。こっちは必死に羞恥に耐えているというのに。いつまでも無駄に遊ぶ手を、はやくしろと急かす前に、ちゅ、と尾てい骨にキスが落ちて、ぺろりと舐められる。  思わずびっくりして背中が仰け反り、その反応に指がまた遊ぶ。 「こら……、何やってんだ」 「いたずら。こっちの方がリラックスできるんじゃないかと思って」  宮下はそう言って、ちゅ、ちゅと腰の周りから尻にキスをしていく。確かに、こっちの方がリラックス……はしてるかもしれないけど、ちがう方向に緊張する。  ぬるぬると、昨日したままのまだ柔らかい穴を指が辿って、時折潜り込ませる。「う、」と反射的に声が出ると、より大胆に指が穴と襞を探った。 「ちょ…っと……、宮下っ」  制止する声と一緒に、ピリッとした痛みがその場所を襲う。 「んっ……っっ!! 痛っ……、なに?」 「あ、やっぱ痛かったですか? せっかくだから抜いてみました」 「……だから、抜くの無理だって!痛いわ!!」 「そっか……。絶対に、抜くのが一番きれいになるし、長持ちするんですけどね」 「本当に、無理、めちゃくちゃ痛い」 「でも、一番きれいになりますよ?」  そう言いながら、また一本爪の先でつまんで毛を引き抜く。 「ぅっ……!!」 「これも痛いです? 押さえて抜いてみたんですけど」 「痛いよ!」 「そっかぁ……。じゃあ、」  何をされているかわからなければ気が付かなかったのな、意識してしまったら爪先で毛をつまむ感触が伝わって来た。痛みに準備してぎゅっと体が固くなる。 「いやいや、ほんと、やらなくていいから。普通に剃ってくれ、頼む、ぅっ……」 「あ、すみません。滑って抜けなかったです」 「宮下~」  思わず涙目になる。いやこれ本当に泣くから。無理だから。  こっちの気なんて知らずに、宮下はあははと笑って「すみません。ちゃんとします」と、お前のちゃんとって何だ?って感じにぬる、と手が尻を撫でくり回した。 「ローションだと透明だから丸見えなんですよ。加藤さんにも見せてあげたいな」 「見なくていいから!」 「見なきゃできませんよ。加藤さん、またカミソリ使いますから、動かないでくださいね」  そう言うとローションを流す水音がした。

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