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第50話
王子様みたいにお姫様抱っこで……、なんて童話みたいなことが急に起こるわけもなく。宮下に支えられてずるずる引きづられて、ベッドにゴロリと転がされる。
身長は宮下の方が上だけれども、体重は俺の方がある。たぶん十キロくらいは差があるはずで、狭い家の中では連れて来るだけで精一杯……ということを、俺は身をもって学んだ。
完全にのぼせてしまってへろへろの俺に水分を取らせ、裸のまま世話を焼こうとしてくしゃみをする宮下を「とりあえず自分が着替えてこい」と浴室へ追い返した。
──でも、それが限界。
暖房を効かせてあっても寒くて、まだすこし温もりが残る布団にくるまった。
次に目を覚ましたのは、日差しはもう明らかに昼、というか午後だった。
ベッドの上には俺一人で、ぽかぽかの部屋の中に宮下の姿はない。まあまあ散らかったままの部屋は適当に片付けられて、部屋のすみにまとめられていたこたつ布団も見当たらない。
もしかしたらコインランドリーに行ったのかも、と起こした頭をまた枕に沈めた。今日はもともと一緒にいる予定だったし、そのうちに戻ってくるだろう。
片付けは一緒にやればいいって言ってるのに、宮下はどうしても俺の大雑把さが気になるらしく、ちょくちょく部屋を片付けてくれる。おかげで宮下が来るようになってから、部屋がきれいになって助かってはいる。
いるんだけど、ちょっと悪いような気もする。若い頃に借りたまま、ずっと住んでいる部屋は家賃は安い分少しずつ不便も多いし、広いとも言い難い。せっかくなら、もう少し居心地のいい広い部屋なら、片付け甲斐もあるだろうか?
せめて、ベッドルームとリビングは別れて欲しい。それから、浴室はもうちょい広めで、二人暮らし用くらいの……。
つらつらと考えていると『でも、ずっと一緒にいるかわからないだろ?』と心の中で声がした。
──ずっと一緒だって言っても、裏切るかもしれないだろ? 急にいなくなるかもしれないだろ? 宮下はまだ若いし……。
ツキン、と胸が痛んだ。故意に忘れていた過去は、いつまで経っても無くならなくて、時おり俺に牙を剥く。
急に不安になって、ここに宮下がいないことが心細くなる。こんなんじゃダメだとわかってはいるけれど、こればかりはなかなか自分の思い通りにいかない。
かといって、これをやり過ごす術が今のところ、宮下に甘えるしかないって言うのもどうかと思うけれど……。けれど甘えてしまえば、その居心地の良さに不安にもなる。
ハリネズミのジレンマって言うんだっけ。自分を守るための棘のせいで仲間に近付けないんだとか何だとか。確かそうやって傷付き合いながらちょうどいい距離を測るとかいう話。
けど、俺はこの棘を抜きたい。と言っても十年と少し、ずっと心の中にあった棘はなかなか頑丈で。それを、宮下に見せるのも怖い。それに、自分が宮下に棘を埋めてしまうのも怖かった。
……どうすればいいのかは、まだ分からないけれども。
布団の中でくるりと丸まると、ぐるるとお腹が鳴った。ぎゅっと中が締まるような痛みに「いてて」と呟きながら布団から這いずり出る。
慌てたせいで立ちくらみを起こしながら、トイレに駆け込む。
人によっては一日寝込むというからびくびくしたけれど、俺の腹は頑丈らしく出すだけ出すと、すんと落ち着いた。落ち着いてしまえば、今度は腹が減ったと訴えられる。
現金な自分の腹に苦笑いして、着替えを済ませ冷蔵庫を漁っているとカチャリ、と鍵の音がして宮下が顔を覗かせた。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
俺が起きていないと思ったのか、宮下がピクリと肩を驚かせる。その姿に、ちゃんと帰ってきた、とほっとした。
「起きてたんですか」
「さっきな。悪かったな、片付けも、あと……なんか、寝ちまって」
「いや、俺が調子に乗ったせいなので……、すみません。身体、大丈夫です?」
「ん、平気っぽい。俺、身体だけは丈夫だからな」
笑って言ったが、宮下の視線はまだ心配していますって色で、大丈夫だって、と念を押す。
「むしろ腹減ってさ。なんか食う?」
俺の言葉に、宮下は安心したように破顔する。
「そう思って買ってきました。あとスポドリも」
「お、さすが」
「のぼせたって言っても、脱水症状ですから。熱中症と同じなのでちゃんと水分とってください」
母親みたいに心配するそれに「心配させて悪かったな」と答えて、隣に並んだ宮下の頭を撫でた。
俺の方が背が低いから、それはちょっと不格好なんだけど、そうするといつも宮下は嬉しそうにはにかんで笑って。それがとてつもなく可愛かったりする。
その顔に、胸の奥がさっきとは違う、幸せな痛みにきゅっとした。
上掛け布団が無くなって、毛布だけを被せたこたつで向き合って遅い朝食のような昼食のような食事をとる。宮下はやはりコインランドリーに行って来たらしい。あと三十分ほどで一度戻らないといけないらしい。
まあ、だったら時間制限があってちょうどいいか、と食事を終えた宮下の足に、足を伸ばした。こたつの中で、足と足を合わせて撫でる。
「加藤さん、何、いたずらしてるんですか……」
ぱっと顔を上げた宮下が呆れたように言った。
「何んにもしていないけど?」
うそぶく俺の足の裏を、つつ、と宮下の足の指が辿ってゆく。その感触にぞくぞくして、くすぐったさに身を捩りたいのを我慢した。
「どうしました、加藤さん? 身体、すこし震えてますよ?」
「どうもしてないっ」
思った以上に刺激を受け止める自分の身体にびっくりする。
「ふーん」
にやりと笑って、宮下が更に俺の足裏をすりすりとなぞった。それに耐えられずに笑って、すぐにリタイヤする。
「あっ、ごめん! やっぱなし!」
「やっぱなしは、なしでーす」
こたつの中で俺の足を追いかけた宮下が、笑って、じゃあこっち、と自分とこたつのすき間を開けて、昨日と同じこたつと宮下のすき間に誘われた。ちょっとそれはどうなんだ、甘えすぎなんじゃないか? なんて思いながらも、いそいそとその場所に移動する。
甘えれば甘やかしてくれる、その心地よさ。
その安心感に泣きそうになりながら、背中を宮下に預けると、優しくて温かい腕が俺を抱きしめた。
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