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【2】01
「高岡さーん……」
「ん……」
「起きますよー……朝ですよー……」
「ん……今何時……」
「……あと三十分で授業始まります、時間ないです」
「んんー……授業終わるまでに行って、出席だけ出せればいーよ……」
「いやあの教授そういうの無理です、厳しいんで」
「だいじょーぶだいじょーぶ、なんとかなるって」
「あんたそれで留年したんでしょ」
「いーじゃん、もうちょっとこうしてよ」
眠気を乗り越えやっとの思いで上半身を起こしたのに、寝たままの高岡さんの腕が体に回って、引き戻される。俺はそれなりには力も意志もある男だったはずなのに、なぜか高岡さんの前では「抵抗」のやり方が分からなくなってしまう。
「あー……伊勢ちゃんあったかーい……」
「俺子供と一緒で眠いと体熱くなるんですよね……」
「なにそれ超かわいいじゃん」
「すげー嫌です。体質なんでどうしようもないですけど」
「超かわいい」
強く抱きしめられ、頬に唇を寄せられた。眠気がやんわりと足元や首元に残っているせいで、やっぱりうまく抵抗できなかった。つるつると滑り落ちて行くように、もう一度眠りの世界に舞い戻る。高岡さんの寝息が首元をじんわりと暖めた。
結局起きたのは午後だった。午後の授業に出席したものの、高岡さんはまだ眠いらしく授業が始まると五分ほどで机につっぷしてしまった。頬の肉が引っ張られ、唇は微かにあいて情けない表情になっていた。普段の奔放な性格からは想像できないほど油断した表情に思わず笑ってしまう。笑みが零れたあと、ぼんやりとした実感に襲われた。
(……俺この人と付き合ってんだよなあ……)
怒涛の数日について、記憶はおぼろげになっていって、男と付き合っているという事実さえもかすれてしまう。そもそも、付き合うとはなんなのか。キスをすること、セックスをすること?
考えているうちにごく自然に昨日の行為を思い出した。吐息や寄った眉や狭い部屋の湿度。きもちいい? と尋ねる唇が、数分後いっぱい出たね、と感心したように言った。とんでもなくやらしかった。
顔が熱くなるのが分かったので、すぐ視線を逸らしてノートに向き直る。
セックスしてる時は、何も考えていない。考える暇がないというのもあるし、考えてはいけないのだとも分かっているから。
その代わり、日中、寝る前、授業中、帰宅途中、ふとしたタイミングで現状について思い返すことになる。俺は今男と付き合っていて、男と体を重ねている。それは正しいのか。答えが見えそうになる度、音や視覚など、外的な要素に邪魔されて真理に辿りつけない。
チャイムが鳴ったので、高岡さんの背中を叩いた。
「高岡さーん、起きて」
「……ん……」
「授業終わりました」
「んあ……もう終わったの……」
「ずっと寝てましたね」
「んー……なんか今日眠い……帰って寝るわ」
高岡さんはぐっと伸びをし、広げたルーズリーフや文房具を片付け始める。手の甲で口元を拭う仕草で、なぜだかどきっとしてしまった。一度体を重ねた後は、どんな些細な仕草にも桃色のライトが当たってしまう。
「高岡さんもう授業ないんですか?」
「ん、今日はこれで終わり」
「俺あと一コマあるんですよね」
「あ、マジ? じゃあ先帰ってるわ。ご飯作っとく」
「え、作ってくれるんですか?」
「うん。なにがいい?」
「えっ、えーっと……じゃあ、肉」
「肉?」
「肉だったらなんでもいいです」
「おっけ、じゃあ後でね」
高岡さんは立ち上がって教室を出て行った。あとでね、と、当然のように取りつけられた再会の約束にくわえ語尾の弾んだ「ね」は、二人の甘い関係を覗かせる。大学内で露呈してはいけない感情が、じわっと滲んでいた。
すり鉢状の広い教室の中央付近で、去っていく後ろ姿を見送りながら、俺いま高岡さんと付き合ってるんだなあ、としみじみ実感してしまう。
授業を終わらせ家に帰るとから揚げが並べられていた。なんで俺がから揚げ好きなの知ってるんすか、と聞くと、勘。と簡潔に返された。から揚げはにんにくがしっかり染み込んでいて好みの味だった。
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