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【2】02
ある日の風呂上がり、ほてった身体を覚ますためパンツ一枚のまま首にタオルをかけ扇風機の前を陣取っていると、ふいに背中に重みが圧し掛かった。膝立ちの高岡さんが、背中にはりつき俺を抱きしめていのだった。
「なんすか」
「んー……」
「俺まだ髪濡れてるから近付かない方がいいっすよ」
「ん……すげーいい匂いするなにこれ」
「なにって、シャンプーですけど」
「伊勢ちゃんいー匂い……」
「いや、だからシャンプーですけど」
ときどきこういう日がある。
指先も腕もさみしがりやの飼い犬みたいに俺にしがみついて、心細げな声を上げる。こちらには捨てる気などないのに、勝手に捨てられた被害妄想にとりつかれたように悲しげにふるまう。
「はぁ……伊勢ちゃん……」
「なんすか」
「……伊勢ちゃん今日はもう寝んの?」
「あーそうすね。あしたも一限だし、そろそろ寝ますけど」
「ですよねー……」
高岡さんが溜息をついた。うなじのあたりをなまぬるい息が滑り落ちていき、思わずぞくりと震えた。高岡さんは口もとから漏れる息の暖かさで、思いを語ろうとする。
「もーさー……欲求不満だよ俺」
「なんでですか、日曜日にすることしたじゃないですか」
「足りねぇんだもん。足りなすぎて裸でウロウロされると困るんだよ」
こまる、というまるっこい発音と同時に、回した手で胸のあたりを触り始めた。きゅ、と乳首をつままれるといやでもからだが反応してしまう。あまりいじられたくないので振り払うと、行き場を失った腕が腹に巻きついた。
「このところずっと伊勢ちゃんバイトない日でも帰ってくんの遅いし、帰ってきてもシャワー浴びてメシも食わずに寝ちゃうし、すげー寂しいんだけど俺」
「だって疲れてるんですもん、毎日サークルやってるんで」
「フットサルだっけ」
「そうです」
高岡さんの「フットサル」の言い方はなんだか違う。フットサルや、その他スポーツにいっさい興味がない人の言い方だ。
「フットサルなんか遊びだろ」
「は? 俺それ結構いらっと来てますからね今」
自分のやっていることを理解されたいわけではないけれど、一生懸命やっていることを簡単に「遊び」と言われるのはたのしくない。サークルは遊ぶためのものだというのは真理でない。
「試合近いんですよ! だから必死に練習してるんです!」
「試合なんかあんのー? じゃあそれまでずっとこういう生活じゃん」
「あーもーいーですどーせ高岡さんにはわかりませんよね。試合見に来てほしかったけどそんなこと言うならいーです」
「えー……行く」
「いいです」
俺は腹に巻きついていた腕をほどいた。高岡さんを押しのけ立ち上がる。洗面所に向かい、濡れたタオルを洗濯機に放りこんだ。部屋へ戻ろうと振り返ると、ちょうど高岡さんの胸に飛び込んでしまった。高岡さんはぽてぽてと後ろをついてきていたのだ。やっぱり飼い犬だ、それも忠犬だ。そして視界が変わったばかりの俺を抱きしめた。
「行くから」
「いーですいーです。来てほしくない」
「ごめんごめん行きたい」
楯突く言葉を吐こうと顔を上げるとキスされた。逆立った俺をなだめるためにキスをする高岡さんはずるい。もはや犬でもなんでもない。俺はわがままな彼女にでもなったみたいだ。黙り込むしかない。
「応援するよ、応援させて」
「……」
「だからさ、俺のこともほっとかないでよ」
強引に抱きしめ言葉を封じるためのキスをしたあと、こんな風に甘えた声まで出す。本当にずるい人だ。素肌の上を滑りはじめる手を止めることはなかった。ああ、明日の一限にはきっと起きれない。
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