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【2】07

「ん、ふ……っ」 思わず鼻から熱っぽい息が抜けた。平穏なはずの昼下がり、こんな声を上げていたらそれは平穏でもなんでもないだろう。そんなことをぼんやりと考える俺の頭上で、始業を示すチャイムが鳴った。 俺は顔をそむけ、高岡さんの唇から逃れる。高岡さんは肩あたりに顔をうずめ、腕の力をさらに強めた。俺は回したままの掌で背中をばしばし叩いてやった。 「高岡さん、授業!」 「うん……」 「うんじゃなくて!」 「声でかいよ」 「あっ……」 鳴り響く始業のチャイムを聞いているのだから、当然俺は校内にいる。校内で抱きしめ合ってキスをして、怪しい吐息をもらしている。現状を反芻して、背徳感が肩甲骨のあいだを滑る。 「ねー……授業行きましょうよ……」 「んー……行きたいんだけどね……」 「じゃあ行きましょうよ早く」 「カラダ動かねー……」 急に高岡さんが「電池切れた」と言いはじめたのは30分前のはなしだ。そのまま「充電させて」と言われ、男子トイレに連れ込まれた。高岡さんは個室に入るなり俺を抱きしめ、キスをしてきた。唇を舐められたときにきちんと抵抗しておけば良かった。流されるまま、舌をからめてしまった。 「うごかねー、じゃないですよ無理やりでも動かしてください早く」 「じゃースイッチ入れて」 「どこにあるんすかスイッチ」 「ここかなー」 そう言って高岡さんは俺の手をとると、自分の股間へ持っていった。ジーンズ越しでもわかった。すこしだけ、かたくなっている。アンタは酔っ払いのセクハラおやじか。 「……サイテーだなあんた……」 「ちょっとだけ」 「ここどこだと思ってんすか」 「学校」 「分かってんだったら……」 「広い学校、の、一番人来ない棟の人来ないトイレ」 高岡さんはちょっとおかしい人だ。視界にセックスの影がちらついているとき、信じられないくらい身勝手で強引だ。俺の咎める言葉などまったく聞かずに、勝手に俺のベルトをはずし下着の中に手を入れてしまうのだった。 「ちょ……あっ」 「声出さないで」 常識を持って抵抗の言葉を吐くことさえ咎められる。きびしい目で制されその上性器を握られている俺は、高岡さんの肩のあたりに口もとを押しつけ耐えるしかない。 「ん、ん……っ」 「伊勢ちゃんも触って」 ふいに手をとられ、いつのまにかジーンズをさげていた高岡さんの中心に導かれた。変に抵抗したら、余計に面倒なことになるだろう。俺は大人しく高岡さんに従った。 すでにかたくなっていたものを握りこむと、高岡さんの息が一層荒くなった。耳元で乱れる吐息に、俺も煽られてしまう。 「ん……うぅ……」 「あー……やばいな、がまんできないかも」 「ざけんながまんしてください……!」 「ん、じゃあ挿れないからさ」 「んっ……」 「指だけ、ね?」 高岡さんの吐息が、甘くも絶対的な提案に変わる。そして背筋を指先がすべり、やがて狭い部分に辿りつく。いやですやめてくださいふざけないでください、と、言った。俺は言ったつもりでいた。けれど口から漏れたのは嬌声だった。 「あっ、あっ……!」 行為後、高岡さんはトイレットペーパーで簡単に処理をし、俺を振りかえった。倦怠感にむしばまれた俺は、洋式便器に腰を下ろしたままぼんやりと宙を仰いでいた。 「俺授業行くけどどうする?」 「……もうちょっと休憩します」 「大丈夫?」 「ん……すぐ行きます」 「伊勢ちゃんのぶんの出席出しとくわ」 高岡さんは身支度を整えて出て行った。本当に静かな棟だ。高岡さんが去っていく足音が消えると、しんと静かになった。 しばらく便座に座りこんでいたが、ふいに手を洗いたくなり個室を出た。洗面台の前に立ち蛇口をひねるのと、廊下とを隔てるドアが開くのは同じだった。 「あー、伊勢さんだったんですか」 試合の日以来、久しぶりに会った黒部はなぜだか妙なほど爽やかに笑っていた。足音が響くほど静かなこの場所に、人の気配なんてなかったはずなのにもかかわらず。ぞく、と背筋が凍った。

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