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【2】19

昼の学食は騒がしい。 「伊勢ちゃんメンチカツひとくちくれ」 「100円」 「ひとくち100円?」 「そうですよ」 「……メンチカツって1個いくらだっけ」 「150円」 「……ぼったくりすぎだろ」 「食うんですか食わないんですか」 「……あーあ、今日バイト先で生ハムもらって帰ってきてやろうと思ったけどやっぱやめよっかな」 「高岡さんメンチカツひとくち食べますか?」 「金とるんだろ?」 「えっなんでですかそんなわけないじゃないですかあげますよどうぞ」 「ありがとー」 「あっちょっ! ひとくちでかい! そんな食っていいとは言ってないでしょ!」 「けちくせーこと言うなよ」 「えー……めっちゃ減ったー……そんな食いたいなら最初っから150円出して買ってきてくださいよ」 「いや伊勢ちゃんからもらうのがいいんじゃん」 「性格わりーなあんた。俺のもん食いたいだけじゃないですか」 「そうだよ。伊勢ちゃんと間接チューできるじゃん」 「……メンチカツで間接チューって言わなくないすか? むしろ唾液しかついてないですけど」 「それがいいんじゃん」 「うっわ変態」 そのとき背の高い影が近付いてきた。顔をあげると、金髪の男がトレーを抱えたまま俺たちを見おろしている。 「今日もいちゃついてますねえ」 黒部は挨拶がわりに俺たちを揶揄すると、そのまま当然のように俺の隣に腰を下ろした。 「遠くから見てても分かりますよあいつらいちゃついてんなって」 「何遠くから見てんだよ、うらやましんだろお前」 「うらやましーですよ悪いかよ」 そんな黒部に対応したのは高岡さんだった。高岡さんはサラダを口に運びながら、にやにやと黒部へ目を向けている。二人を対峙させたとき、ともすれば深刻な空気になってしまうのではないかと危惧していたのだが、今、ふたりは言葉こそいがみあいながらも好意的な空気につつまれている。 「……高岡さんと黒部って仲良くなったんですか?」 「え、全然仲良くないよ」 「俺この人のことめちゃくちゃ嫌いですよ」 「俺のセリフだっつんだよ」 黒部は「嫌い」などというあまりにも率直で失礼なワードを吐きながら高岡さんを指さす。高岡さんは笑いながら軽々しい口を叩く。ひょっとしたら先日、黒部が「高岡さんに直接謝った」とき、二人は深く、深く、俺の想像を超えるほど深く、話し合ったのかもしれない。 ふいに肩を叩かれた。見ると、黒部が内緒話をするように口もとに手を添えていた。 「伊勢さん伊勢さん」 「あ?」 「高岡さんに飽きたらいつでも俺んとこ来ていいんですからね? やさしくしますよ」 こいつは本当に、反省してるのかしてないのか。黒部が俺のまわりをふらつく度、また高岡さんが憂鬱に呑みこまれてしまうのではないかと不安になってテーブルの向かいに目を向けた。 「残念だな、伊勢ちゃんが俺に飽きることなんかねーんだよ」 あ、高岡さん元気だ。揺さぶられるようなことを言われても鬱に落ち込んだりせず、笑って返している。  むしろ、黒部の挙動からまっさきに高岡さんの顔色をうかがってしまった自分が自意識過剰で恥ずかしいくらいだ。高岡さんはいつまでも幼い感性を引きずったりしないのだ。 「そうなんですか? 伊勢さん」 「そうだよなあ、伊勢ちゃん」 ぼんやりしていた俺の顔を、二人はずいずいと覗きこんできた。散々俺抜きで好き勝手語っていたくせに、突然意見を求められたって困る。 「い」 「い?」 「い、いからメシ食えよあんたら!」 俺はごまかすようにメンチカツを噛む。訳もわからないまま、協定を結ぶふたりをながめながら、ただメンチカツを噛み続けることしかできなかった。

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