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第1話

もう金輪際、関わることはないものだと思っていた制服が視界に入ってきて、星宮晴人はわずかに目を大きくした。  薄い黄色や茶色をベースとした家庭的で柔らかな雰囲気の店内に硬質な紺色の制服の男性が入ってきて、店内は少しざわつく。  忙しいランチの時間帯を過ぎ、客は閑散としているものの、異質なこの男性は目立っている。何かあったのか、とお客さんは様子を伺っていた。 「あ、すみません、お店の方は……」  やや緊張した声が店内に響く。  晴人は作業の手を止め、男性と目線を合わせ、驚いた。だが、男性も同じ気持ちだったようだ。二人は顔を合わせると、口を開く。 「ほ、星宮さん」 「三浦くん」  晴人は引き攣りそうになっている口角を無理にあげ、笑顔を作る。  「久しぶりだね、いらっしゃい」  にこり、と柔らかな営業スマイルを顔に描く。本当は緊張と気まずさで今すぐここから逃げ出したい。  うまく笑えているか自信がない。言葉の端が震えてしまった。落ち着け、とでも言うようにレジ台の隠れたところで手首を掴む。  しばし、二人の間には気まずい沈黙が流れた。  それもそうだ。晴人は店に入ってきた警察官、三浦青志の告白を一度、振っているのだ。  晴人も元は警察官だった。二年前までの話だ。  とある殉職事件がきっかけで、心身のバランスを崩し、警察官を続けられなくなった晴人はその年の春異動に合わせて辞職した。子供の頃からの夢であった警察官。七年間しか勤められず、結局晴人は誰のヒーローにもなれないまま警察人生を終えた。  退職する日、署内異動で刑事課に配属されることが決まっていた後輩の三浦青志に好きだ、と告白された。当時、絶望しきっっていた晴人は誰かと恋愛する気など起きず、三浦の告白を断った。 『ごめん、もう誰も好きになりたくないんだ』  恋愛どころか、恋自体もうしたくないと怖がっている。それは今もだ。  二年前、晴人を庇い、晴人の目の前で殉職した警察官は晴人の片想いの相手であったからだ。  思考が良くない過去に飛びかけ、晴人は慌てて何度か瞬きする。 「それで? 制服姿でご飯を食べにきたってことはないだろ? 何かあった? うちの防カメは道路には向いてないよ」 「あ、いや、防犯カメラの映像をチェックしに来たわけではありません」  ふと晴人に疑問が湧く。三浦は刑事課に配属されたはずだ。それなら制服を着て、重い耐刃防護衣は着ず、拳銃や警棒を帯革に吊り下げ、腰には装着していないだろう。  刑事課は基本的に私服で捜査活動を行う。 「三浦くんは刑事課じゃなかった? 地域に降りてきたの?」 「そうですね、この春からこの辺りの管轄の藤白警察署に異動になったんですが、刑事課の席がどこも空いてなくて……鑑識なら、って言われたけど、俺、一係しかできないし……」 「そうなんだ、残念だね、でも来年には空くだろう? 三浦くんなら優先して入れてもらえるよ」 「そうだといいんですが……、あの、星宮さんはここで働いてるんですか?」 「ああ、うん。ここは姉が経営しているカフェなんだ。ちょっと豪華な家庭料理っていうコンセプトでやってる」 「料理は星宮さんが作ってるんですか?」 「まあうん、最初はメニューだけ作って姉に渡してたんだけど、お前もいい加減働けって怒られちゃってさ、先週から厨房にいるよ」 「そうなんだ……」  再び沈黙になりそうだったので、晴人は三浦を促すように最初の疑問を投げかける。 「それで? 防カメの精査じゃないなら、何しにきたの?」 「駐車場に、クラウンが駐車されていたので……」 「クラウン?」  窓越しに駐車場を見ると、一番端に白色のクラウンが駐車されている。それは晴人の姉である星宮理華の車両だった。男勝りで気の強い姉は自分が乗る車にこだわりがあるらしく、いつも高級車や大きなSUVなど購入していた。 「姉の車だけどどうかした? 何かいたずらでもされてた?」 「いえ、最近このあたりで高級車ばかりが盗難に遭っているんです。それで警戒も兼ねて、クラウンやレクサス、ベンツとかアウディとか高級車を見つけると注意喚起をしています」 「そうなんだ、また警戒してもらえると姉が喜ぶと思う」 「ちなみにお姉さんはどこに住んでいらっしゃるんですか?」 「ここからすぐ近く、家を教えといた方が警戒しやすいよね、住所書こうか?」 「お願いします」  レジに備えてあったメモ用紙にサラサラと住所を書く。  今、晴人は姉と、両親のいない実家で二人暮らしをしているから、この住所は晴人も住んでいる家ということになる。 「ありがとうございます、ちなみに星宮さんはどちらに?」 「ん? 姉と一緒に住んでるよ」  あえて言う必要もないと思ったので言わなかったことを聞かれ、少し不思議に思ったが、晴人は気には留めなかった。  地域警察官の仕事には『管内の実態把握』というものがある。カフェで何かあった時のために姉や晴人の住所を連絡先として記しておくために聞いたのだろう。 「ありがとうございます」  ちょうど住所を書き終え、メモを渡したとき、最後のお客さんが食事を終え、レジに並ぼうとしていた。  それを見て、三浦は晴人に頭を下げた。 「お邪魔しました、よろしくお願いします」 「こちらこそ、パトロールよろしく」 「また後日、食べにきますから」  その言葉を聞いて、きゅ、と口の端を噛んだ。  昔を思い起こさせるような人物や物事とは関わりたくない。ひどい時は緊急走行をしているパトカーのサイレンでさえだめだったのだ。  よくない方向に思考が行きかけたものの、晴人はすぐに切り替えて、レジの対応を行った。

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