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第1話

 雨がよく降る季節は、紫陽花の霞んだ色がとても鮮やかだ。    この家の窓からは古びた紫陽花の木が見えて、その枝はよく伸びて毎年大きな花房を先端に付ける。  花弁はグレーがかった水色で、でも梅雨も中盤に差し掛かるとその色がピンクがかり、中間色の紫との三色が楽しめるようになるのだ。小さい頃に習った酸性雨とやらの影響なのか。今ではもうすっかりその単語を聞かなくなってしまって、わからない。  でも、時々蝸牛(かたつむり)が遊びに来る……いや棲んでいるのか? その木の様子はとても好ましいと僕は思う。 「ゆうき。」  名を呼ばれ、僕は振り向く。僕の名を呼んだ相手の姿を見て僕はホッとする。彼は寝間着のスウェット姿でもすっかり大人っぽくて、格好良くて、僕の大好きな人だからだ。彼は優しそうな瞳で微笑みながら僕を見ていて、僕はにこにことしながら彼の元へ歩み寄る。 「窓際で何をしてるの」 「窓の外が綺麗だから」 「ああ、紫陽花な」  そう言って彼は僕を温かく抱き締めた。彼の腕は大きくて、僕をすっぽりと包み込んでしまう。背中も厚みがあって、それもひどく僕好みだ。  彼はそんなことはつゆ知らずに言う。 「梅雨だからなあ。……あ、蝸牛。」 「玄さん、目がいいなあ」 「勉強してないからな」  そう言って、僕のつむじにキスを落とした。  あ、かたつむりってもしかして、僕のつむじのこと?  こんな時、僕は愛されてるのかなあって思う瞬間だ。  でも、その思いは確固たるものに変わる前に溶け、なくなってしまう。  なぜかというと。 「おとーさーん……」  目をゴシゴシしながら部屋に入ってくる子どもがいて、その年齢はまだ3才くらい。  柔らかい綿のパジャマを着てその手触りはまるでマシュマロみたい。 「おっ、起きたか、有玄」 「ん……」  その鈴みたいな声が聞こえると、玄さんは僕の横からは離れてしまう。  そして、その可愛らしい子どもを代わりに抱き締めてあげるのだ。  彼の名前は有玄。僕の愛する、玄寿さんのれっきとした息子。 「泣かないで起きたかー。偉いなあ」  そう言って玄さんは、有玄くんの頭を撫で撫でしてあげる。    ちぇ。泣かないで起きたくらいで褒められて、羨ましいなあ。  僕なんて、一人で玄さんが起きてくるのをじっと待ってたんだぞ。  もちろん、ハタチも過ぎた大人は泣いたりもしない。  僕は大人げないことを思いながら、玄さんの腕に抱っこされた、ちびっちゃい子をちょっぴり妬ましく見詰めているのだ。

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