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第1話

幼少期から見ている夢は、俺にとっては救いだった。 たとえそれが偽物だとしても…… 俺を呼ぶ声、温かな手の感触、どれも現実では味わえないもの。 俺より少し大人びている背中を眺めながら、草を掻き分けて大きな木の下に立っていた。 やんちゃな彼は木に足を掛けて、腕を伸ばして木の上に軽々と登った。 俺に手を伸ばしてくるが、怖くて頭を振ると足を軽やかに弾いて上から落ちてきた。 バランスを崩す事なく俺の前に着地して、金色の髪が風に揺られてキラキラと俺の視界を明るく照らした。 「大丈夫だって」 「…で、でも…やっぱり怖いよ」 「俺が守ってやるから心配すんなよ!俺が嘘言った事あったか?」 そう言って笑う彼の言葉には説得力があった。 怖い犬に襲われそうになった時も守ってくれたし、彼はいつも俺を守ってくれた。 上を見上げて、木を眺めて…意を決して彼の手を掴んだ。 彼はニッと眩しいくらいに笑って、俺を木の傍に誘った。 彼に憧れていたから、彼のようになりたいという気持ちもあった。 これを登れば、男らしくなれるかな…そう考えて木に足を掛けようとした。 しかし、すぐに肩を掴まれて木の上に登る事が出来なかった。 後ろを振り返ると、銀色の髪の眠そうな顔をしている少年がいた。 「あんな野蛮な男に付き合う事ないよ、僕と一緒に部屋で本を読もう」 「なにが野蛮だ!ずっと引きこもっているほうが不健康だろ!お前も木登りするぞ」 「嫌だ嫌だ!!」 金髪の彼にシャツの首根っこを掴まれて引きずられていた。 銀髪の少年は体力がないから、必死の抵抗で暴れても全くビクともしていない。 正反対で仲が悪そうに見えるが、この二人は兄弟で仲が良い。 金髪の彼は兄でいつも引きこもりな銀髪の弟を心配して外に出て遊ばせようとしている。 でも、無駄な体力を使うより本にしがみついていた方がいいと考えた銀髪の少年は金髪の彼の話をずっと無視していた。 俺もあまり体力がない方だから本もよく読んだりして銀髪の少年とは仲良しだが、それが銀髪の少年の地獄の始まりだった。 俺を呼びに来たのに、無理矢理木登りをさせられそうになっている。 引きこもりというわけではないから金髪の彼とも一緒に遊んで、「今日はいいところに連れて行ってやる」と言われて着いてきただけだ。 大きなお屋敷の裏庭に立つ木の前で兄弟が大きな声を出してやれだの嫌だの言って言い争っている。 だから俺はいつもやっているように、二人の少年の片手を掴んで笑顔を見せた。 「仲直り、皆で遊ぼ!」 俺がそう言うと、二人は驚いた顔を一瞬だけして…笑ってくれた。 喧嘩をしていたら楽しくなんてない、皆で遊べばいいじゃないか。 今日は木登りは止めて木陰で皆でお昼寝をする事にした。 雲一つない青空の下で、俺を挟んで金髪の彼と銀髪の少年は目蓋を閉じた。 優しい風に包まれて、俺は…再び現実の世界に引き戻される。 彼らは現実になんていない、全て俺の現実逃避が起こした事だ。 だって、現実の俺はそんなにキラキラした存在じゃない。 教室に入ったら、頭から泥水を被ってクラスメイト達に笑われる存在。 教師には俺だけ怒られて、一人で綺麗になるまで教室を掃除させられた。 その間も、水のバケツを顔に掛けられたりしていくらそうじしても終わらない。 ドロで汚れた制服はクリーニングに出さないと落ちそうにない。 もう夕方だ!俺は掃除をするために学校に来たのだろうか。 やっと掃除の邪魔をするクラスメイト達も帰って、綺麗になった。 先生に言って帰ろうと思って、自分の机に置いていたカバンの方を見たがカバンが何処にもなかった。 周りを見渡して何処にあるのかと見てみると、ゴミ箱に見覚えがあるカバンがあった。 カバンを取り出すと、びちゃびちゃに濡れていた。 油性ペンで「死ね」だの「消えろ」だの書いてある。 これが俺の現実だ、俺は居場所がない…だからあの夢に逃げてしまうのだろう。 そんな事をしても、何も変わらないと分かっている。 でもどんなに望んでも、この地獄からは抜け出せない。

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