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 アネモネの花を握り潰してヴァシレフスは窓からそれを投げ捨てた。 「今度俺のシエラを傷付けてみろ、俺がその首を切り落としてやる。この国にいかなる災いが起ころうと知ったことか──俺は神など信じない。そんなものに二度と縋らない」 ──ヴァシレフスは気付いていた。  季節外れの花を川から持ち帰ったシエラの様子のおかしさからあの竜がシエラに要らぬ入れ知恵をしたことを──。  何を告げたかまではわからない。それでも最近のシエラから察するに二人の将来についてだろうと踏んでいた。  ヴァシレフスは西に落ちてゆく月を睨み窓から離れた。  疲れ果てて眠るシエラのそばへと戻りその体を優しく抱きしめる。 「──シエラ、お前は俺の運命だ。誰かが俺たちを引き離すなら俺はこの国をも捨てる。どうだっていいんだ──。俺はお前さえいればそれでいい。俺はお前のように家族を愛することはできない。お前は怒るだろうが俺はアレクシアの言う通り、狭量な男なんだ──」 ──こんな男でも愛してると言ってくれるか……? 「お前が逃げ出したくなったら……俺は、その時こそ俺自身を制御できなくなりそうで怖い……」  目を瞑ってその肩に頭を寄せた時、シエラが無意識にヴァシレフスの胸に顔を寄せてきた。  起こしたかとヴァシレフスは一瞬慌てるが、シエラからは相変わらず規則正しい寝息が聞こえてくる。 「シエラ……その時は、お前が俺を殺してくれ──」  ────── 「あっんっ、ああっ……」  逃げ惑うシエラを後ろから抱き止めて、その奥を深く貫く。 「ヴァシレフスッ、やめっ、もっ……苦しぃ……っ、あっ、ああっ……」  もう何度達したかわからない──。  けどあの夜からずっと喉が渇いた獣ようにヴァシレフスは毎夜シエラを犯し続けた。 ──カリトンの予言を当ててしまったと内心反省はするものの、どうしても欲しくてたまらない。  それはきっと、あの夜シエラが何よりも素直に自分の気持ちをヴァシレフスに打ち明けたからだ──。 「あっ、あ──っ」  シエラはシーツに両手をついて迫ってくる限界に耐えた。鳴き続けた喉が少しヒリヒリとする。  体の中に熱いものが流れるのを感じて、無意識に繋がった部分をヒクヒクと締め付ける。 「あ……、はぁ……ぁ」  やっと終わってくれたとシエラは安堵して目を閉じるが、それに構うことなくヴァシレフスはシエラの中でまた熱を持ち出した。 「ヴァシレフスッ、もう無理ッ。俺が壊れるっ、本当にっ、もう、無理ッ……」  そんな抵抗は無駄なのだ──  大きな胸に抱き寄せられ、前から抱き合ってシエラは再びヴァシレフスの激しい愛撫に声を枯らした──。  ──────  最近の南の塔はシエラ兄妹が二人で庭造りをするせいか花が増えた。  緑だけだった庭園に今は少しずつ差し色が増え、違う場所にいる気分になる。 「ヴァシレフス様にとってのシエラ様みたいだな──」  カリトンは思わず笑みをこぼす。  カリトンから見てもシエラには何か明白な言葉では形容し難い魅力があった。それはこの国の人間にはない独特の魅力で、一番近い言葉で言えば生命力だろうか──。  カリトンは庭園から視線を戻すとヴァシレフスの寝室の扉をノックした。 「──もう死ぬ、助けてカリトン」  そこには動けなくなりシクシク嘆くシエラが一人ベッドに沈んでいた。同情しつつも本気で逃げ出さないあたり惚気に過ぎないのだろうと軽くかわした。 「諦めてください、あの方は蛇より執着の強いお方なので──」 「なぁ、絶対それ褒め言葉じゃないよなぁ〜」 「どうぞ、起き上がれますか?」  紅茶を淹れ終わったカリトンがシエラの身体を支えてゆっくり起こしてやる。 「あなたは知らないでしょうが、ヴァシレフス様はあの川の惨劇以降、口数も減って街へ出るのはおろか、自室から出ることもほとんどなくなって暫くは生きているのか死んでいるのかわからないほどだったんですよ──」  暖かい紅茶で枯れた喉を癒していたシエラは目を見開いた。 「あなたを川跡で見つけて、戻ってきた時には驚きました。まあ知らない人間を連れてきたってのも衝撃でしたがそれまで表情を失ってたヴァシレフス様が笑ってたんです」 「その時の俺は絶望でいっぱいだったけどな──」 「そうですね」とカリトンは笑った。 「私はあなたを見て知って、理解しました。どうしてあなただったのかを──」 「俺が──なに? なんかしたかな、俺」 「そういうところですよ、シエラ様」 「え?」  シエラは本当に理解できないのか眉が下がったままカリトンを見つめている。 「あなたでなければいけなかったんです」 「俺は何にもしてないよ?」 「そう言うことを簡単に言ってのけてしまうところですよ。あなたみたいに大きな心を持った人にヴァシレフス様は会ったこともなかったでしょうから」 「カリトン褒めすぎだろ! なんか下心でもあんじゃないの?」 「さて、どうでしょう?」 「俺を買収するにはダイヤの原石が幾つあっても足らないからなっ」  照れ隠しするみたいにシエラはわざと腕を身体の前で組んで胸をのげ反らした。 「この世に現存するダイヤで足りれば良いですがね?」  カリトンはシエラの冗談に乗って笑っている。 ──あなたを買収できればどれほど楽だったか。この城の重鎮たちは(みな)思っていることでしょうね。  ヴァシレフス王子を懐柔したくばまずはあなたから。それは誰もが知っている暗黙の決め事でしょう。だけどあなたはどんな城よりどんな要塞より難攻不落だ、そんな小さな身体をしておいて──  あなたが命を落とした時、 ──それはこの国が滅亡する時です。  星見が行ったことは真実でしょう。  あなたはたった一人でヴァシレフス王子の全てを身体に取り込んで、その指先までも操り動かすことが出来る。一番恐ろしいのがそれが無自覚であるということだ──。 「果物です、これなら食べられますか?」  皮を剥いて一口大にした果実をカリトンはシエラに差し出すとシエラは嬉しそうに頷いた。 「──シエラ様、出されたものを簡単に信用してはダメですよ」  徐にカリトンは悪魔のように低く囁いた。だが、シエラはこちらを見ることなく果実をあっさりと口に含む。 「──カリトンにそんなことできないよ、カリトンは誰よりもヴァシレフスを大切に思っているから」  カリトンは思わず身体をこわばらせ、そしてすぐに笑みを浮かべる。 「やはりあなたは恐ろしいかたです」  カリトンは完全降伏して彼に2杯目の紅茶を給仕するとシエラはこどものようにケラケラと笑ってカリトンにも果物を差し出した。 〜τέλος〜

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