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①【天使は翼を手折るのがお好きらしい】 1
──二年B組には、天使がいる。
そう噂されているのは、その高校に通う誰もが知っていた。
栗色の髪はふわふわで、前髪は可愛らしいヘアピンで留めている。
目は宝石のように輝いていて、女の子のようにまん丸で大きく、愛らしい。
身長は百五十センチと小柄で、本人曰く「まだまだ成長中だよ!」とのこと。
高校で背が伸びることを想定して、少し大きめの制服を購入したらしいが……そのせいで、いつも袖が手を隠してしまっている。だが『それも計算なのでは?』と思うほど、あざとく、可愛らしい。
いつだって笑みを絶やさず、ただでさえ容姿だけでも人を惹きつけるその天使は、成績優秀だった。
スポーツも人並み以上にこなせて、人間関係も良好。教師からの信頼も厚く、学校中の誰に訊いても、その天使の評価は高い。
それがこの男子校の天使──佐渡 心太 だ。
──なんてねっ。
周りの評価なんて、ボクが一番よく分かっている。
二年B組の天使。男子校の姫。歩く男の理想。……ボクへの肩書きは、ボク自身ですら数え切れないほどあるんだ。
いったい、誰が考えてるんだろう? よほどの暇人もいたものだよね。そんなことを考えながら、ボクは飴玉を口の中で転がしつつ、椅子の背もたれに体重を預けた。
「こころちゃーん」
不意に、同じクラスの男子に声を掛けられる。ボクは椅子にもたれたまま、すぐに声がした方を振り返った。
「な~に~?」
ちなみに、ボクの名前が『心太』だから『こころ』らしい。安直すぎてツッコむ気にもなれないよ。
ボクが振り返ると、男友達はヘラヘラとだらしのない笑みを浮かべて、ボクに近寄った。
「この後ってさ、暇?」
時刻は、放課後。教室にはボク以外にも、生徒が数人残っている。
特にこれからの予定を決めていなかったボクは、わざとらしく考え込むフリをした。
「う~ん。……ちなみに、どうして?」
「良かったら、駅前のケーキ屋さん行かないかな~って」
デレデレと鼻の下を伸ばしながらそう話す男のそばに、二人組のクラスメイトが近寄る。
「お前! なに抜け駆けしてんだよ!」
「こころちゃんは、皆のこころちゃんだろ!」
待遇が、完全にアイドルのそれだ。
男たちが三人で喚いているのを尻目に、ボクは教室の隅にある席で、自習をしている生徒に目を向けた。
……丁度、その時だ。
「──おっ、いたいたっ。おーい、佐渡~っ!」
「は~い」
担任の教師が教室に入ってきて、ボクたちに近付く。
ボクは視線を先生に向けて、人懐っこく見えるだろう笑みを浮かべた。
「悪いんだが、体育倉庫の掃除を頼んでもいいか?」
この教師が担当している教科は、体育だ。
けれど、自分が管理しているテリトリーの掃除すら満足にできないらしい。なぜならこの先生はよく、こうしてボクに掃除を頼みに来るのだから。
ボクはチラッと、教室の隅にいる生徒に視線を向けた。……それから、先生に向き直る。
「はい、大丈夫ですよ~」
そう返事をすると、ボクのことで揉めていたクラスメイトが露骨にガッカリしたような顔でボクを見た。
「え~っ?」
「先生、そんなのこころちゃんじゃなくて別の人にやらせろよな!」
「そうだそうだ~っ!」
ブーブーと喚いているクラスメイトに向けて、ボクはポケットから飴玉を取り出す。
それを一人一人に手渡しながら、わざとらしく困ったように眉を下げてみせた。
「せっかく誘ってくれたのに、ごめんね? でも、先生にはいつもお世話になってるから……。できることは小さなことだけど、それでもボクは先生に恩返しがしたいなっ」
そう言ってからもう一度、笑みを浮かべる。
そうすると、怒った顔をしていたクラスメイトの表情が、和らいだ。
「じゃあ俺、こころちゃんを手伝うよ!」
「あっ、俺も俺もっ!」
「勿論、俺だって!」
飴玉を大切そうに握り締めながら、クラスメイトが三人とも揃って手を上げる。
「えぇ~っ? 皆、優しいねっ! ありがとうっ!」
なんて言って、ニコリと笑みを浮かべてはみるものの。
ボクはその光景を、どこまでも冷めた気持ちで眺めていた。
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