15 / 25
②:3
本心では、今すぐ土下座をしたい。『むしろお散歩用の馬にしてください』と、懇願してしまいたくらいだ。
だが、自分の欲望よりも主との秘密を守ることの方が重要。俺は答えず、教室に向かって歩き出す。
……しかし、佐渡様の馬になりたい。湧き上がる欲求が、なかなか収まらない。
今すぐ四つん這いになり、背に佐渡様を乗せ、校内を這い回りたい。できることなら階段の上り下りもしたいし、鞭で思い切り叩かれたいとも思う。
そもそも、佐渡様との関係を周りに露呈しないためとはいえ、俺ごとき家畜が主のお言葉を無視するとは……!
もう少し器用な立ち回りができればとも思うが、器用に立ち回れるようなキャラで生活するのは、命令違反だ。……となると、やはり無視が妥当なラインになってしまう。
いっそ、この役立たずな豚めを蹴り飛ばして下さったらよろしいですのに──いや、俺は馬鹿か。そんなことをさせたら本末転倒だ。
佐渡様が後ろをついてきているのを感じながら、俺は教室に入る。
教卓の上に教材を置くと、今なお後ろに立っている佐渡様を振り返った。
「ねぇ、真宵君? ボクとお散歩、ダメ?」
袖の余った制服で、口元を隠すように覆って俺を見上げ続けている佐渡様は、どのアイドルよりも可愛らしい。
違います、佐渡様、駄目ではないんです。むしろ良さしかないと言いますか。いっそ今すぐ出発いたしたいくらいですけど。ですがしかし……! 様々な葛藤を抱えるが、勿論、そんなことは言えない。
一緒に校内を歩くのは、あまり仲の良くない同級生を演じろという主の命令を無視することになる。
だが、主からの誘いを断るのも命令違反と同じ。
そこでふと、あることに気付いた。
──まさか、戸惑う俺を見て楽しんでいらっしゃるのか?
もしもそうなら、このやり取りにも納得がいく。
佐渡様の目的は、俺とのお散歩ではなく俺で遊ぶこと。つまり、今ここで【答えに詰まっている俺自身】が模範解答そのものではないか。
たったひとつのお誘いで、ここまで俺を狼狽させるとは。さすが、俺の主──佐渡様でいらっしゃる。
「……真宵君? ボーッとして、どうしたの?」
未だに俺を上目遣いで見つめている佐渡様を、見下ろす。
なにか、返事をしなくては。……そう思った矢先のこと。
「──真宵」
佐渡様の背後に、一人のクラスメイトが立っていた。……無論、俺はこの男の名前を知らない。
「あっ、悪い。もしかして、こころちゃんと話し中か?」
「いいよいいよっ。気にしないでっ」
佐渡様は突然割って入ってきたクラスメイトにも笑顔を向け、ふりふりと手を振って俺たちから離れた。
ちなみに『こころちゃん』というのは佐渡様の愛称だ。『心太』だから『こころちゃん』らしいが、実に低俗。
……しかしなんだ、この蛮族は? 佐渡様が話していたというのに、割って入ってくるなど……。頭にウジ虫でも湧いているんじゃないか? 若しくは、なにかを思考するだけの脳も持ち合わせていないウジ虫未満だ。
俺は睨むように、男を見る。
「なに」
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「ここで簡潔且つ端的に話せ」
俺の言葉に、男がソワソワと視線を彷徨わせた。
「いや、ここじゃ、ちょっと……」
「はっ?」
「とにかく、ちょっと来てくれ!」
高校に入学してからぼっちライフを過ごしてきた俺に、ここでは言えない話をしたい、だと? ……怪しい。それはもう、確実に。
人目のないところに呼び出し、言いづらい話をする。……なるほど、リンチか。俺のなにかが気に入らなくて、これから仲間と暴力でも振るおうという話なのだろう。なるほど、それなら納得だ。
佐渡様からの暴力や暴言なら至福だが、どこの馬の骨とも分からない奴の暴力は気持ち良くもなんともない。むしろ、最上級の悦楽を知っている俺からすると不快だ。
だが、変に騒ぎを起こすのも得策ではない。
「分かった、同行する。だが、手短に頼む」
「っ! あ、あぁ! 勿論だ!」
やけに明るい表情をした男を訝しむように見ながら、歩き出した男についていく。
それにしても、随分と嬉しそうに俺を連れて行くんだな。よほど、これからリンチをするのが楽しみで仕方無いのだろう。俺がこうして勘繰ってしまうくらい、男の歩き方は妙に浮かれているように見える。
気乗りはしないが、サッサと終わらせるべく黙ってついていく。
すると、辿り着いたのは校舎裏だった。なんともベタな場所だ。発想にひねりがないのは、ウジ虫らしいか。
男が立ち止まったので、俺も立ち止まる。
どこから男の仲間が出てくるのかと、辺りを見回していると。……突然、男が振り返った。
──そして、想定外の言葉を口走る。
「──真宵、好きだ!」
ともだちにシェアしよう!