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 この日本の地下にもう一つ国があるとは思わなかった。そもそも、地上で暮らす人間は本来ならば知り得ないことなのだろう。  地下帝国ではヴィラン――所謂ヒーローの敵である悪人たちが生活を送っていた。とはいえ、ヒーローたちに守られてる地上のような平穏などとは掛け離れた暮らしだ。  今までの自分が余程平和ボケしていたのだと思えるほどの行いが、この地下帝国では当たり前のようにまかり通る。腹が減れば殺してでも奪う、そこらにゴロゴロ転がる死体を清掃員が掃除し、それで集められた死体はそれを食料や材料として求める連中が金で買う。そんな世界だ。  そんな地下帝国に聳え立つ『evil』本社ビル。  驚くことにこのevilは歴とした会社なのだという。主に労働者派遣事業で成り立っているようだが、ヴィランにも派遣会社があるのか……いやヒーローでもあるのだからそうなのかと思う反面その派遣先だったり仕事内容は俺が目指していたヒーローとまるで正反対の内容だ。  殺人盗み破壊活動詐欺その他諸々。  まず依頼主が依頼を持ってきて、それをこの会社が派遣登録者の中から適合するヴィランに仕事を渡す。そしてそれが成立すれば依頼金の七割を渡すということらしい。  おまけに無期雇用形態もあり、依頼を多くこなし信頼を得られることもできればこのタワー内部の寮で三食飯付き豪華なベッドで寝られるというわけだ。  ……そして、今俺がいるのもその寮の部屋だ。  ベッドの上、私物すらもない簡素な部屋の中俺は蹲っていた。  夢だったらどれだけ良かっただろうか。何度逃げようとしたが、その都度いつの間にかに背後にはナハトがいた。  そして、今も。 「……はあ、退屈」  人の部屋のソファーに我が物顔で座ってピコピコとゲームをしてるナハトに俺はただなにも言えなかった。 「あ、あの……俺、もう逃げないので……その退屈でしたらわざわざここにいなくても……」  いいですよ、と言いかけた矢先。すっと立ち上がるナハトに思わず口から心臓が飛び出そうになる。 「ご、ごめんなさいなんでもないです!」  殺られる!と頭を庇ったが、いつまでたっても殴られることはなかった。その代わり、隣にナハトが座る気配がした。恐る恐る目を開けば、そこにはナハトがいた。近くで見れば見るほど白い肌、黒いフードの下、仮面越しにナハトがこちらを見ていることに気付いた。 「……俺がここにいるのはお前のためじゃない。ボスの命令だから。……お前に命令される筋合いはないんだよ」 「へ、へぁ……」 「その情けない声やめてくれる? ……イライラする」 「ご、ごめんなさい……っ」 「……はあ、つまんない……それもう飽きたし」  そう言って、俺から興味を失ったようにナハトは再びゲームをピコピコと弄り始める。  最初何考えていて怖いと思っていたが、その印象は今も変わらない。……けど、思ったよりもちゃんと受け答えしてくれるのが意外だった。  日中、基本はこのタワーの中ならばを自由に行き来してもいいということになっていた。  ……ただし、そのときはノクシャス・モルグ・ナハトの中の一人を必ず側につけておくこと。部屋の中でもそうだ。  今はノクシャスは出払い、モルグも仕事中ということでナハトがいた。  現実味はまだ沸かない。あのナハトが俺の隣でゲームしてるなんて。  ずっと、ヴィランのことが怖かった。ただの敵だと思っていたのに、こうしてみれば俺とそう年齢の違わない人間なのだ。……殺されかけたこともあったが、数日彼らかと寝食をともにしてなんとなく妙な親近感が湧き始めていたのも事実だ。 「あ、あの……ナハトさん」 「……なに?」 「と、トイレ……行ってきていいでしょうか……」 「…………」  やばい、余計なこと言ってしまったか。  いきなり無言でゲームをスリープモードにし、それをサイドボードに置くナハトに心臓が止まりそうになる。 「……いいよ」 「え」 「早くしなよ」 「あ、は、はい……」  同い年くらいと思ってても下手に出てしまうのはもう性分だから仕方ない。何度もお前にヒーローは向いてないと言われてきたことがあったけど、今だったら分かる。ヒーローはヴィランに敬語なんて使わないし目の色を伺うこともない。  俺はナハトの視線を感じながらも立ち上がり、そのまま部屋に付属してある便所へと向かう。そして個室の扉を開き、ファスナーを下ろそうとしたときだった。いきなり背後の扉が開いた。 「ひっ!!」 「……声デカ、うるさい」 「あ、あの、なに」 「早くしろよ、出すんだろ」 「え」 「おしっこ。……さっさと出せよ」  血の気が引いた。この人は何を言ってるのか。  当たり前のように個室に入ってきて小便をしろと促してくる背後の男にただ血の気が引く。 「……し、ますけど……その、なんで」 「お前が妙なことしないよう見張ってんの」 「……っ」  そこまでするのか。手際も鮮やか、殺害現場は必要以上に汚さず、ターゲットだけを確実に切り刻むという一部の変態評論家からは『ナハトの殺害現場は芸術品』とも言われるほどの完璧主義のヴィラン・ナハト。そんな男が俺に目の前でおしっこをしろと言うのだ。尿意も引っ込む。 「あ、あのっ、やっぱ……いいです」 「なんで? 十一時間ずっと溜まってるだろ、お前の腹の中」 「……っ、な……」 「糞づまりで死なれても困るんだけど。……ボスに顔向けできないから」  糞づまりなんてそんな言葉使わないでくれ、と恥ずかしさでどうにかなりそうになっていた矢先、ナハトは付けていた手袋を外した。現れたのは顔同様真っ白で筋が浮かぶほどの細く骨張った手。その手は背後から伸び、俺の代わりにファスナーを下ろすのだ。 「まっ、待って、ナハトさ……ッ」 「うるさい、黙れ」 「っ、ぁ、ちょ……ッ!」  苛ついたように下着ごとずるりとずり下げられれば、恐怖と緊張で恐ろしく縮こまった性器が現れる。  ナハトに見られてる。あまりの恥ずかしさにどうにかなりそうだったがナハトは特になにも言わず、それどころか躊躇なくその亀頭を弄り始めるのだ。長い爪にカリカリと尿道をほじられれば、尿意とは違うものが腹の奥から込み上げる。 「なっ、ナハトさん、待って……ッ」 「……まだ? 出ない?」 「ぁ、う、ッ、ん、……ッ!」 「感じてないで早く漏らせよ」 「ほら」と、片方の手で腹部を押さえつけられればその力に下腹部、老廃物を溜め込んでいたそこを圧迫され目を見開く。全身の毛穴が開く感覚。逆らえないほどの圧迫感に声が漏れ、尿意からはちょろりと尿が飛び出した。 「……やっとか、でもまだ出るよね」  これ、と更に亀頭を柔らかく揉まれた瞬間、チョロチョロと漏れていた量は増していく。そして次第に勢いを増し、ナハトの指を汚さないようにしなければと必死に堪えようとしていた俺の意思は呆気なく無視された。  ジョボボボ!と勢いよく放出されるそれを見て満足するどころか、更に下腹部を押される。その度勢いを増し、便器が飛び散る尿。「きったねえな」とナハトが吐き捨てるのを聞きながら、俺は最後の一滴までナハトに搾り取られるのだ。 「っ、は、……う……ッ」 「終わった?」 「……は、い……ッ」 「あっそ、じゃあそれ綺麗にしといて。……シャワー借りるよ、お前のせいで汚れたから」  はい、と答える気力もなかった。  そのまま便所から出ていったナハトに、ようやく俺は脱力する。見られた、色んなものを見られた。恥ずかしくて死にたいのに、ナハトは全然気にしてないし……いや、きったねえなって言ってたな。  なんだか大切なものを失った気がするが、それ以上にすっきりしている自分自身にただ困惑していた。  結局トイレの掃除をし、部屋へと戻る。下着もジャージも着替え、ベッドへと倒れ込んだ。まだナハトの指の感触が下腹部と性器に残ってるようだった。  遠くから聞こえていたシャワーの音が止む。そして洗面台の扉が開いた。 「……善家、服ない?」  そして、現れた見知らぬ美少女に思わず息を飲んだ。  艷やかな黒髪、そして伏し目がちな長い睫毛。雪のように白い肌は風呂上がりだろうか、僅かに上気していた。いやよく見ろ、美少女だと思ったが体は男だ。それも細身ではあるが俺よりも筋肉ついてる……。 「ど、どなた……ですか?」 「……はあ? くだらないこと言ってないで早くしてくれない?」  その美少年から聞こえてくるその声は間違いなくナハトだ。普段仮面を被ってるから知らなかったが、まさかこんな顔をしていたのか。正直女の子だったら一目惚れしていたが相手は男――それも依頼は絶対こなす暗殺者だ。  それでもこの少年に性器を弄られていたのだと思うとまた別の恥ずかしさが込み上げてきて、両手で顔を覆い隠す俺にナハトは「……おい」と不機嫌丸出しの声を漏らす。 「……お前さあ、隠す場所違うだろ」  そして、いきなりぎゅっと性器を掴まれ息を飲む。 「……面倒だから変な癖つけんなよ、善家」  そして、サイドボードに置いたままになっていた仮面を嵌め直したナハトは笑った。薄い唇が歪み、全身の血が熱くなる。  そして固まる俺の股間をぺしんと叩き、ナハトはそのまま俺の部屋のクローゼットを漁って人の服を着出すのだ。  心臓の音は未だ止まない。

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