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CASE.02『処世術』

 このヴィラン派遣会社に拉致監禁されて数日経った頃。  ずっと一緒だったナハトが仕事の関係で数日このタワーからいなくなり、ナハトの代わりにノクシャスが俺の見張りになったのだけど……。 「……」 「……」  き、気まずい……。  朝飯でも取ろうと思ったのだが、そもそもこの人おっかなさすぎて怖いのだ。初めて会ったときも人のことをサンドバッグだとかなんだとか言ってたし……。  社員食堂にて。  魔人も人間もモンスターも様々な種族が所属しているこの会社の食堂では提供される料理もニーズに合わせている。  というか、こうやってモンスターが人を襲っていること以外のことをしてるのを見るのは初めてかもしれない。  地上で見かけるモンスターはというと大抵見境なく人を襲ったりするのものだ。最初はそう思って怯えてたが、ノクシャスが俺は新しい社員だと説明すると「よろしくな」とそれぞれ人懐っこく挨拶してくるくらいだ。  でもそうか、皆生きるために人を襲ってたのか……っていやいや、駄目だろう。なにを絆されそうになってるのだ、俺は。  そう一人でぶんぶんと頭を振ってると、「おい」とノクシャスに声をかけられる。 「……は、はい……っ!」 「手え止まってんぞ。もう腹いっぱいなのか?」 「い、いえ……その、考え事しててつい……」 「考え事だぁ? 飯食ってるときに余計なこと考えてんじゃねえぞ、モルグみてーなやつだな」 「……も、モルグさんもそうなんですか……?」 「あいつは二十四時間研究のことしか考えてねえ研究馬鹿だからな、お前はああなるなよ。……ま、ナハトみてーに何も考えねえようになってもよくねえけどな」  そうノクシャスは唇の端を持ち上げ、ニヒルな笑みを浮かべる。尖った鋭い歯が覗き、無意識のうちにドキッとした。  ノクシャスは地上でも悪い意味での有名人だ。ナハトが静ならノクシャスは動だろう。チンピラのような仲間たちを引き連れていることが多いが、一人でも複数のヒーロー相手に圧勝してしまうほどの腕っぷしだ。戦闘時のノクシャスの中継映像や動画は何度も見たことがある。  けれど、今目の前にいるノクシャスはラフな私服の姿だ。いつもの厳しい戦闘スーツでもなければ、思いの外笑ったときの笑顔は人良さげに見えるのだからよくわからない。 「仲、良いんですね……」 「別によかねえよ、普通だ普通。仕事仲間だからな」 「……そうなんですか」  ああ、とだけ言い返せばノクシャスはガツガツと何枚ものステーキ肉が重ねられたどんぶりを大口開いたそこへ掻き込んでいく。  豪快だなあ……なんて思いながらその様を眺め、俺もそれを真似するように目の前の定食を掻き込もうとして噎せてしまう。「おいおい、なにやってんだ」と呆れるノクシャスに背中をばしばし叩かれるが、背骨が折れるかと思った。  ◇ ◇ ◇  ノクシャスはどうやら案外面倒見がいいようだ。  慎重派で、面倒臭いだの暇だの言いながらも二十四時間張り付いていたナハトとは対象的に「部屋から出ていくときは俺を呼べよ」と連絡先だけ交換し、俺を部屋まで送り届けたノクシャスはそのまま仲間たちとともにどっか行ってしまった。  俺は正直ほっとしていた。ナハトとのこともあったからだ。ノクシャスにまでトイレまで入って来られたらと思うと気が気でなかった。  俺は戸締まりを確認し、部屋へと閉じこもろうとしたとき。  ふと、テーブルの上に今朝まではなかったはずの封筒が置かれていた。いきなり封筒開いて爆発するなんてことはないだろうが、なんとなく怖くなる。念の為ノクシャスを呼んだ方がいいのだろうか、でもなんか仲間のひとたちと楽しそうだったしな……。  まあ、この施設はセキュリティも万全だと言ってたし不届き者の仕業ということはないだろう。そんなことを思いながら封筒に手を伸ばせば、そこには文字が浮かび上がる。 『善家良平殿』――やはり俺宛のようだ。  裏面と念の為確認すれば、そこにも同様文字が浮かび上がる。 『安生』――安生さんから?  何故わざわざ手紙なんて、と思いながらも、知っている人間からの手紙だと分かり安堵した。  そして俺は封を切り、中を確認する。どうやら俺にしか読めない仕組みになっていたようだ、真っ白だった紙には次々と書き殴られたような文字が浮かび上がるのだ。 『手紙からで失礼するよ。君には慣れない生活を送ってもらってるわけだけど、どうだろうか。そろそろ慣れた頃かな?』 「全然慣れませんよ、こんなの……」 『突然だけど、君の履歴書の写しをもらったから原本の方は返そうと思ってね。同封してるから保管しててね。あと、君が心配してる給料のことだけど安心して。君にはボス直々に特殊な依頼が送られるから、君はそれに答えれば他の社員同様給与を与えることになってるんだ。それについてはまた私どもの方から直接お伺いしますのでどうかよろしくお願いしますね』  安生からの手紙も読み終わり、封筒の中を確認すれば確かに履歴書が入っていた。  ボス直々の依頼ってなんなんだ。そもそも、ボスは何故俺の履歴書を入手しているのか。聞きたいことはたくさんあったが、不安の方が大きくなる。俺は封筒をテーブルの上にぽいっと置き、そのままベッドへと飛び込んだ。  何者なんだ、ボスって。  あの三人と安生を従えるその上に立つ人物。……今度、ノクシャスにでも聞いてみようかな……。  そんなことを考えながら目を閉じた。

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