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02

 どれほど経った頃だろうか。ドンドンと叩かれる扉に飛び起きた俺はそのまま扉を開ける。  そこには、頭二個分高い影があった。 「の、ノクシャスさん……?」 「よお、おねんね中だったか?」 「あ、はい……少し昼寝をしてて……」 「ハッ、そんなんじゃ腐っちまうぞ。おい、ちょっと付き合えよ」 「え、ええ……?」  そう馴れ馴れしく肩を抱いてくるその逞しい腕はがっちりと俺をホールドして逃さない。少しでも力を入れられたら肩の骨を砕かれるのではないか、そんな恐怖のまま断りきれず俺は渋々ノクシャスに付き合うこととなる。 「ノクシャスさん、もしかしてお酒飲んでます……?」 「おう、お前も飲むか?」 「い、いえ……俺は……その、弱いので……」 「ああ? つまんねえこと言ってんじゃねえよ」 「……あの、それよりも付き合うっていうのは……」  どういうことでしょうか、と言いかけたとき、いいからいいからと背中を押される。そのまま強引に人の部屋へと入ってきたノクシャスはそのまま俺を引きずるようにドスドスとソファーに座った。  それから間もなくして、ノクシャスの部下らしき男が部屋に次々と酒や料理を運び込んでくるのだ。 「あ、あのノクシャスさん?! こ、これはどういう……」 「俺からの祝だ祝、クソみてえな世界に乾杯とお前がここに来てから四日目記念だ」  それはノクシャスがただ酒を飲みたいだけではないのか……?  思いながらも突っ込んだら噛みつかれてしまいそうで怖かった。俺はただどんどん料理で埋め尽くされるテーブルをあ然と見守ることしかできなかった。  そしてようやく酒や料理を担ぎ込まれたあと、部屋の中には食欲を唆る匂いが充満していた。 「ノクシャスさん、お腹減ってたんですか? ……朝もたくさん食べてたのに……」 「俺は食っても食っても腹減る体質なんだよ。……力の消費量が馬鹿みてえに速えからその分補給しなきゃなんねえの、そんなやつは別に珍しくねえだろ」 「……そ、そうなんですか……?」 「ああ、そうだよ。お前は食わなさ過ぎだ。今朝だって焼き魚一切れしか食ってねえし、よくそんな体でヴィランになろうなんて思ってたな」 「は、はは」  本当になりたかったのはヒーローだけど。  ヴィランの頭も頭のこの人にそれを言ったらどんな反応されるか考えるだけでも恐ろしい。冷える肝を紛らわすように、俺はグラスに注がれた酒を飲んだ。そして、話題を変えようと探る。 「ノクシャスさんに比べたら、そりゃまあ……誰だって貧相に見えますよ」  そう、ピザ数枚を重ねて丸めてそのまま一口。鋭い歯で咀嚼するノクシャスに思わず内心ぎょっとする。ピザソースで汚れた指を舐め、ノクシャスは「そうかあ?」と自分の着ていたシャツの腹部を捲るのだ。  今ここにピザ数枚が消えたわけだが……すごいな。やはりそもそもの筋肉量が違う。興味が湧き、つい俺は前のめりになってノクシャスの腹部を覗く。 「まあそうだな、お前に比べたら」 「やっぱり日頃から鍛えてるんですか?」 「そりゃあな、スーツの強度上げるにも素体がねえとすぐ駄目になるからな」 「ほら、触ってみるか?」と言われ、ぎょっとする。いや、そうだ。触るくらいなら別におかしなことではない。それに、同じ男として純粋に憧れのようなものもあった。……ヴィラン分かっててもだ、俺がこういう体になりたいと目指していたものが目の前にあるのだ。  失礼します、と恐る恐る体勢を変え、ノクシャスの腹部に手を伸ばす。  柔らかい、と思ったが少しでも指を埋め込もうとしようものなら鋼のような筋肉がそれを拒む。勢いよく指してたら指先を骨折してたに違いない。思いながらも、俺は恐る恐るその腹筋の凹凸をなぞる。 「かった……っ、すごいですね、やっぱり……同じ体とは思えないです……っ!」 「っふ……くく、はは……っ! おい、くすぐってえ触り方するなお前」 「うーん……やっぱり俺のと全然違いますね……俺も、ここのジムで鍛えたら変わりますかね」 「……ああ、そうだな。一番いいのはモルグにトレーニングメニュー組ませるといいぞ、あいつはそういうのが好きだからな」  モルグさんか……。  あの人、なんだか得体が知れないからまだ少し怖いんだよな。  思いながらぺたぺたとノクシャスの腹部を撫でていると、ふと伸びてきた大きな手に腰を掴まれる。  そしてそのままぺろんとシャツを胸までたくしあげられ、息を飲んだ。 「ぁ……っ、ん、……ノクシャスさん……っ」 「そういうお前は見れば見るほど可哀想な体だな。……ほっせえ、細すぎんだろ。こんなの抱かれたら折れるんじゃねえのか?」 「……っ、そ、そんなに……でしょうか……?」 「ああ、そんなにだ」  大きくて分厚い掌が、俺の腰から腹部を撫でる。そのままゆっくりと胸元にまで登ってくる感触にぎょっとし、こそばゆさに身動ぐが、スーツなしとはいえどノクシャスの力に叶うはずもなかった。 「っ、は、ぁ……お、俺……」  俺もノクシャスにベタベタ触ったのだ。だから、触り返されてるだけなのだ。別に筋肉の触りあいなどよくある、戯れてるだけだ。そうわかってるのに、酒のせいもあってか段々ノクシャスに触れられてる箇所が熱く痺れ始めてることに気づき、焦り始める。  なんだか雰囲気もおかしい。話題を変えないと、と思うが、胸筋の膨らみをぐっと絞るように乳首を引っ張られた瞬間、びくんと体が震えた。  痛みや衝撃もあった、それ以上に。 「っ、の、ノクシャスさん……っ?」 「……」 「っ、ぁ、っ、ん、ちょっと……ノクシャスさ……ッ! ん、ぅ……ッ!」  なんで無言なんだ、せめて何か言ってくれ。  明らかにただの触りあいではない触れ方をしてくるノクシャスに恐ろしくなって、必死にその腕から逃れようとするが、掴まれたままの乳首を捏ねられれば「んっ」と声が漏れてしまう。 「っ、あ、あの、そこは……ぁ……っ」  もう片方の胸もぐにぐにと押し潰され、絞られる。痛いのに刺さるような刺激のあとにやってくるジンジンとした甘い刺激に頭の奥がぼうっと熱くなり、抵抗することも忘れ俺は背後のノクシャスにもたれかかった。  臀部、腰の辺りに硬く芯をもったものが当たる。 「なあ、良平。鍛えてんのはこっちだけじゃねえんだけど……見てみるか?」  ごり、と寝間着代わりの薄手のスウェットの下。尻の谷間をなぞるように押し付けられるそれがなんなのか考えるだけでも戦いた。  ノクシャスの目も据わってる。食べ物の匂いと酒の匂いで篭もった部屋の中、明らかにおかしな空気も混ざっていた。  酒のせいなのだ、なにもかも。腰を揺らし、押し付けるように尻へと擦られればなにも考えられなかった。 「……は、い……っ」  これも、この地下帝国で生き抜くための処世術なのだ。……そう自分に言い聞かせる他ない。

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