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――本社、社員食堂内。
食堂内には個室同様警報が鳴り響いていたが、食堂内を徘徊する配給型ロボットも食事をしている社員たちも皆動じることはなかった。
「あれぇ~、ノクシャス行っちゃったんだ」
「モルグさん」
「ナハトがソレつけてるってことは、もしかしてもうお開きって感じ?」
「そう、警戒レベルBだけどこいつになにかあったら困るから」
「なるほどねえ、残念だけどボスとの約束もあるもんねぇ」
警戒レベルって何だろう、言葉からはなんとなく重要度は低そうな感じではあるが……。
気になってちらりとナハトに目を向ければ、視線が合った……ような気がした。そして仮面のままナハトはぷいと顔を背けるのだ。
「とにかく、アンタもどうせ呼び出しなんじゃない? さっさと研究室に戻れば?」
「ん~そのことなんだけど寧ろ逆なんだよねえ」
モルグの言葉に、「逆?」と俺とナハトの声が重なった。
「マネするなよ」と睨まれたが無茶を言わないでほしい。
「ま、詳しいことは移動しながら説明するよ。……あーあ、せっかく気持ち良くなってきたところだったのになぁ」
言いながらモルグは歩き出す。
その間も警報は鳴り続けており、いくらナハトたちが一緒だとしても気もそぞろだった。
原因は間違いなくこの警報のせいだろう、寧ろその音と言うべきだろうか。
昔、よくヴィランによる襲撃があったときこの警報が町中に設置されたこのスピーカーから流れていた。まだ子供だった頃、ヴィラン関係のテレビニュースを見ているときにもその音が流れる度に驚いて怯えていた俺に、兄は「これはヒーローが来る合図のようなものだから怖がらなくていい」と優しく教えてくれた。
……それからだ、過剰に恐怖心を抱くことがなくなったのは。
ヒーロー協会の存在が大きくなって、ヒーローというものが当たり前にそこら中にいるようになった今ではなかなか実際に聞くことはなくなっていた。だからこそ余計、しかもヴィランたちの世界で聞くことになっているわけだから変な感じがするのかもしれない。
それから俺は、ナハトとモルグたちとともに社員食堂の裏口から出て社員寮へと向かうことになる。
「それにしても、皆さん落ち着いてますね。さっき日常的にあるって言ってましたけど……」
「そのままの意味だよ」
「うちの会社ってほら、この界隈でもわりと異質でねえ。他のヴィランたちに疎ましがられることもあるんだよぉ」
「な、なんでですか?」
「さぁね、なんでなのナハト〜?」
「頭でっかちで縄張り意識の高いやつらからしてみれば、俺達はプライドを捨てて安定を取った飼い犬だってさ。……ほんっと、くだらない」
仮面越しからだとその表情は分からないが、きっと怒っていることだけはわかった。
俺の部屋は、社員たちの中でもセキュリティも強固な上層部専用のフロアにある。
ナハトが認証システムで呼び出したエレベーターに俺達はそのまま乗り込んだ。
「それで、他のヴィランさんたちが殴り込みに来る……ってことですか?」
「まあ、大体それ。……そうじゃない場合はもっも質が悪いけど」
先程のナハトたちの会話を思い出す。
――ヒーローがやってきた場合か。
「あ、そだ。因みに、今回はヒーローみたいだよ、襲撃にきたの」
「……なんで知ってんの?」
「さっき連絡来てたんだよねえ、どうやらこの間ナハトが奪った《あれ》狙いみたいだよ」
「…………」
あれ、というのはヒーロー協会の研究所にナハトが侵入したときのことを言ってるのか。ものの詳しい内容までは分からないが、エレベーター筐体の空気がひやりとしたものになる。
「ナハトさん……」
今にも外へと向かい出しそうなナハトに不安になって声をかければ、「分かってる」とナハトは小さく口にした。
「ここはノクシャスに任せておく。……じゃないと、アンタを守るやつがいなくなるから」
その言葉とともにエレベーターの扉が開いた。
あのナハトがそこまで言ってくれるとは思わなかった。いや、違う。ナハトに他意はないはずだ。兄の命令があれど、それでもそんな風にナハトが考えてくれてるのが嬉しくて少しだけ頬が熱くなるのを慌てて俯く。そんなとき。
「あ、ついでに僕のことも守ってね〜」
「アンタは死なないでしょ」
「でも、僕が攫われたりでもしたら大変でしょ〜? だから、襲撃が収まるまで身を隠しておけって部下の子たちからも言われたんだよねえ」
けろりとした顔で続けるモルグに何かナハトは言いかけたが、やめた。言い返しても不毛だと判断したらしい。俺もそう思う。
「……守られたいならそれ相応の態度でいろよ」
既にやや疲れているナハトに申し訳なりつつ、そのまま俺はナハトに引っ張られる形で自室へと戻ることとなる。
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