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「っ、ふ、ぅ……ッ」  流石に、流石にこの流れはまずい。それは俺でもよくわかった。  それなのに、顔を逸らそうとしても頬をがっちりと掴まれたまま肉厚な舌で咥内を荒らされると、なにも考えられなくなってくるのだ。 「ん、んん……っ、ぅ……ッ!」  舌を絡め取られ、引きずり出される。  待ってくれ、とその厚い胸板をそっと叩くが肝心の力がしっかりと入らず、ただじゃれついてると思われてるのかもしれない。より乱暴に舌を咥えられ、ノクシャスの長い舌先が巻き付いてはそのまま荒々しく愛撫するのだ。 「っ、ふ、ぅー~~……ッ」  後頭部を押さえつけられたまま、舌の先から根本まで貪られ、唾液ごと啜られる。耳を塞ぎたくなるような音が口の中、鼓膜までより近く響き、頭の奥がじんわりと熱くなった。  相変わらず、捕食に近いキスにひたすら翻弄される。  脳の酸素が薄くなり、思考に靄がかかったような感覚が広がる。  ――それは先程までの酩酊状態によく似ていた。  ノクシャスのキスを受け入れるのでいっぱいいっぱいになっていた俺を見て、ノクシャスは意地の悪い笑みを浮かべるのだ。 「っ、は、……っ相変わらず、小せえ口だな」  ぢゅぷ、と音を立て舌が抜かれる。お互いの唾液で濡れていた唇をそのままべろりと舐めとられ、背筋が震えた。 「っ、まっ、待って……ください……ノクシャスさん、これ以上は……っ」 「ああ? これ以上は、なんだよ」 「ん、えと……その……っ」  ノクシャスの手が腹に触れ、思わずたじろぐ。そのままシャツの上から臍の下の辺りを指で押され、下半身が疼くのだ。 「……っ、ん……」 「ようやく吐く気になったか?」 「ぜ、全部はその、言えませんけど……少しだけなら」  これ以上変な触れ方をされるとまずい。  既に下腹部に熱が集まりだしてることに気付いたからこそ、俺はこの流れを変えようとノクシャスの腕にしがみついて止める。 「……あの、兄に言ったんです。俺」 「おう」 「き、気になる人が出来たって……」  あのとき、自白剤を飲まされたときと今とでは状況は違う。顔面にじんわりと熱が集まるのを感じながら、火照った頬をそっと抑える。 「それで、誰かとは言ってないんですけど……多分それを兄が気にしてるかも……って、ノクシャスさん?」  何故か無反応のノクシャスが気になり、恐る恐る顔を上げたとき。こちらを見下ろしたノクシャス、その影に視界が覆われた。  そこにはなんと、見たことのない顔をしたノクシャスがいた。完全に硬直である。 「の、ノクシャスさん……あの……」 「待てよ」 「え?」 「……気になる人って、どういうことだ」  先程よりも声のトーンが更に落ちる。ただでさえ迫力のあるノクシャスだ。見たことのない、感じたことのないノクシャスのその威圧感に押し潰されそうになっていた。  ――いや、一度だけあるか。あれは確か、初めて俺がこの本社に連れてこられたときのことだ。  あのときと似たような恐怖心と緊張感を覚えた。 「どこのどいつだ? あ?」 「な、なんで怒ってるんですか……っ?!」 「怒ってねえよ、そりゃボスだって心配するに決まってんだろうが。お前、ただでさえぽやついてんのに!」 「ぽ、ぽや……」  ノクシャスの目には俺はそんな風に映っていたのか……。 「そ、それは言えません……っ!」 「なんでだよ」 「え、だ、だって……恥ずかしいですし……っ!」 「……恥ずかしいだと? お前それでも男か?」 「お、男もなにも関係ないです……っ! の、ノクシャスさんだって好きな人とか気になる人のこと、他の人に言うの恥ずかしくないんですか?」 「恥ずかしくねえよ」  即答である。聞いてから後悔した。ノクシャスは元よりこういう人だ。  というかヴィランの人たちは皆、なんでこんなに堂々としてるんだ。自信があることは羨ましいが、ここまでだと余計俺がちっぽけな存在に思えてしまうのだ。いや、違いはしないのかもしれないけれども。 「う、う~……でも、やっぱり恥ずかしいです。……俺が言えるのはここまでです、ノクシャスさんに気を遣わせてしまうのは申し訳ないですけど……」  そうノクシャスから恐る恐る逃げようとしたとき、「待てよ」と腕を掴まれ、再びノクシャスの腕の中に連れ戻される。 「っ、ノクシャスさん……?」 「気になるってことは、付き合ってはねえってことだよな」 「え、えと……それは」  そうですけど、と答えようとした俺はそのまま固まった。ノクシャスに抱き締められたからだ。向かい合うように、スーツ越しでも分かるほど筋肉で覆われた腕にがっしりと抱き締められれば身動きを取ることなどできない。 「の、ノクシャスさん……っ」 「なんか、すげえ腹立つな。……別に、誰がどいつを好いてようが興味ねえけど、お前が気になってるやつが俺じゃねえの」 「すげえムカついてきた」ごり、と臍の上に押し付けられる嫌に硬い感触に背筋が凍った。  ――おかしい。流れを変えようとしたはずなのにさっきよりも悪化してないか、これ。

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