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 兄がその部屋を後にし、ノクシャスを待つこと暫く。つい先程兄が出ていったその扉が自動で開き、大きなシルエットが現れる。  ――ノクシャスだ。 「急に呼び出されたと思ったら、お前……なんかやったのか?」 「ノクシャスしゃ……しゃん」 「言えてねえよ」 「すみません、お迎え……お忙しい所」  俺が座らせらていたソファーの傍までやってきたノクシャス。どうやら珍しくノクシャスは一人のようだ。ここ最近は紅音と一緒にいる印象が強かったので、少し驚いた。 「あの、紅音く――トリッドは」  紅音のことをレッド・イルと呼ぶことにも慣れなかった俺だ。トリッドというヴィランネームにもすぐ慣れることはできなさそうだ。  そんな俺を一瞥したノクシャスは、そのままそっぽ向く。 「一応大体のことは叩き込んでる。多少放っておいても大丈夫だ」 「そうですか、それは……よかったです」  流石、紅音君だな。なんてぼんやりと誇らしく思ってしまう自分がいた。 「それよか、お前……妙なもん飲まされたのか?」 「じ、自白剤……だそうです。ポピュラーなやつって……」 「自白剤? なんでまたお前が……」  兄からは聞かされてなかったようだ。ノクシャスは驚いたような顔をしていたが、答えようとすれば「いや、やっぱいい」と口を塞がれる。 「むぐ……っ」 「ボスからはお前を部屋に帰すようにとだけ聞いた。……っつーわけで帰るぞ」  もご、と口を塞がれたまま返事をする。  そのままノクシャスに抱き抱えられ、俺はそのよくわからない無機質な部屋を後にするのだった。  幸い、部屋に帰ってくる途中で誰かとすれ違うことはなかった。  運ばれている間に自白剤の効果も切れてきたようだ。  ノクシャスに抱き抱えられたまま次第に覚醒していく頭の中、俺は自白剤のせいで色々ぺらぺら余計なことまで喋ってしまったことを思い出しては後悔した。  ――しかも、兄さんにナハトさんのことを言おうとするなんて。  いつかは然るべきタイミングで言わなければ、と思っていただけによりによってあんな状態で言う形になってしまったことに大きく後悔していた。  あのときの兄の顔を思い出しては余計自己嫌悪に陥る。  兄が大変なときにこんな、こんなことを言うなんて俺は、俺は弟失格だ……。  ――自室。 「ここまで運んできてくださりありがとうございます、ノクシャスさん」 「今度は呂律が戻ってんな。自白剤の効果は切れたのか?」 「は、はい……すみません、情けないところを見せてしまって」  担がれたまま自室に連れ込まれた俺は、そこでようやっとノクシャスに降ろしてもらった。 「情けねえとかの問題かよ」とノクシャスは呆れたような顔をしていたが、それ以上深く聞いてくることはなかった。 「それじゃ、俺は戻るぞ」 「え……?!」 「あ? なんだよ」  どうやらノクシャスが兄に頼まれたのはここまでだったようだ。 「あ、あの……忙しいんですか?」 「別に忙しくはねえけどよ」 「だって、いつも一緒に居てくださったので……」 「あー……別にお前を放ったらからしにするわけじゃねえよ。つか、このあとも外から見張ってるし」 「え?」  なんでわざわざそんなことをするのか疑問を覚えた。だって、今までだったらノクシャスは監視しつつトレーニング見てくれたり、ご飯食べたりしてたのに。  避けられてるのだろうか、と不安になってちらりとノクシャスを見上げれば「なんだよ」とその強面が更にしかめっ面になった。 「いえ、その、俺と一緒にいるのは嫌だとか……そういう……」 「ちげえよ。さっきボスから言われたんだよ」 「え? 兄さんに?」 「何を言われたんですか」と、慌ててノクシャスの正面に回り込むが、ノクシャスは『しまった』という顔をしたままそっぽ向いた。 「の、ノクシャスさん……! なに言われたんですか……っ!」 「別に、お前には関係ねえよ。つうか、お前こそなんかボスに言ったんじゃねえのかよ」  俺のことでなにか言われたに決まっているのに、俺に関係ないとはなにごとか。  その上逆に詰め寄られ、俺は先程の兄とのやり取りを思い返した。  ……心当たりしかない。 「いえ、その……色々です」 「ああ? お前の方こそなにはぐらかしてんだよ」 「だ、だって……」  このことをノクシャスに話すとなると、まずナハトのことを話さなければならなくなるし、そんなことした暁にはナハトに何を言われるか分かったものではない。  しかもただでさえナハトとノクシャスは同じ同僚とはいえど、毎回ソリが合わずに揉めてるような二人だ。  二人のことは好きだし、信頼もしてるが、やはり俺が勝手に言い触らして良いことではない、と思う。  うんうんと一人で頷いてると、「なに自己完結させてんだ」とノクシャスの骨太な指に顎を掴まれる。 「う、ノクシャスさん……っ」 「自白剤なんてなくても、俺くらいになると口を割らせることは簡単にできんだよ」 「ぼ、暴力はよくないです……っ!」 「馬鹿か、お前に暴力振るうわけねえだろ」 「え、じゃあ……」  どうやって、と言いかけた矢先のことだった。ノクシャスの指に唇をなぞられ、思わず口を閉じる。  視界が翳り、顎を持ち上げられたまま顔を寄せてくるノクシャスに見つめられた。 「……っ、の、ノクシャスさ……」  ん、と言い終わるよりも先に、唇を塞がれて静止する。  ――なんで、俺、ノクシャスにキスをされてるのだ。  こうしてノクシャスに触れられたのは久し振りだからかもしれない、よりノクシャスの肌が熱く感じた。

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