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「あの男の能力は、触れた相手の思考を読み取るということで間違いないか?」  頭の中、兄の声が響くように落ちてくる。  聞き慣れた声のはずなのに、なんだか知らない人みたいなそんな怖さを覚えずにはいられなかった。  こくりと頷けば、「それで、お前はあの男に触れられたのか?」と続けて聞いてきた。  考える余裕もない。恐る恐る頷けば、兄は「そうか」と頷いた。 「どこまで読まれたかは分かるか」  首を横に触ろうとして、止まる。 「に、兄さんの……こと、考えてしまって」  確かあのとき、『今の男、誰だ?』みたいなことをサディークは言っていた。  そんな俺の発言に顔色を変えるわけでもなく、ただ淡々と「そのことについてなにかやつは言っていたか?」と兄は詰めてくる。 「い、『今の男は誰だ?』って……」 「お前が思い浮かべたのは俺の顔だけか?」 「サディークさんの能力を聞いたあと、兄さんのことはバレたら駄目だって……思って」 「なるほど」  なにに納得しているのだろうか。正直に話せば、兄は怒っているようではなかった。  もしかしたら呆れられてるのかもしれない。  俯いていると、「良平」と名前を呼ばれ、顔を上げる。兄の手が優しく頬を撫でる。  くすぐったくて、優しくて、それでも状況が状況だからか素直に兄の手に甘えられない。 「――それで、他に俺に話していないことはないか?」 「っ、ぁ……」 「もう今ので全部か」 「そ、れは」  ナハトの顔が浮かぶ。  まさか、兄さんにナハトさんのこともバレているのか。  でも確かに兄さんはすごい人だから気付かれても仕方ないというか……。 「あ、あります……」  これ以上兄に隠し事して苦しい思いするよりも、またさっきみたいに冷たく突き放されるよりも、ちゃんと正直に兄に話した方がましだ。  そう、俺は兄の手に恐る恐る触れる。 「に、兄さん……あの、あのね」 「ああ、どうした?」 「す……」 「す?」 「す……す、好きな人が……できた」  かも、という語尾は言えなかった。  そう口にした瞬間、兄の目の色が変わったことに気付いてしまったのだ。  ほんの一瞬、俺の頬の感触を楽しむように頬を撫でてた指先が動きを止める。 「……待て、それは本件に関係ある話か?」 「わかんない……」 「わかんない?」 「でも、その……兄さんにちゃんと言わないとって思って……」  言いながら、頭の中に今朝のナハトとのやり取りを思い出して頬がぽかぽかと熱くなってくる。そんな俺を見て、兄はそのまま押し黙った。 「にいさ……」 「待て、良平」 「んむっ」 「それ以上今伝えられると、そうだな。……この件が片付いてからまた改めてお前の口から正直に話させてもらおう」  兄の手に口を塞がれたまま、俺はこくこくと頷き返した。  確かに、言われてみたら関係ないかもしれない。俺、また先走っちゃったな。  頷く俺のことを信じてくれたのか、俺の口から手を離した兄は「いい子だな」と俺の頭を撫でてくれる。  けれど、なんだか先程よりも兄の態度が少しおかしいことに気付いてやはり反対されるのだろうかと少し怖くなった。 「因みに、良平」 「うん?」 「……その好きな人っていうのは、イニシャルはなんだ」  イニシャルは気になるのか。  先程よりも声のトーンを落として聞いてくる兄に、俺は少し考える。けれど、あまりうまく頭が働かない。 「え……えむ、えぬ、……ぬ?」 「どっちだ」 「わかんない……頭、ふわふわして」 「自白剤が効きすぎたのか。……仕方ない。暫くこの部屋でゆっくりして構わない。他の者は通らないようになってるからな」 「ソファーで寝ててもいいぞ」と兄は続ける。そのまま立ち上がろうとする兄につられてそのコートの裾を掴めば、兄は少し驚いたようにこちらを見た。 「兄さん……どこか行くの?」 「……ああ、連絡だ」 「また帰ってくる?」 「……そうだな。一旦、本件が落ち着いたらまた一緒に食事にでも行こう」 「話したいことは山のようにあるからな」と兄は子供をなだめるように俺の視線に合わせて屈んでくれるのだ。 「丁度ノクシャスが任務が終わったようだ。後でここまでお前を迎えに来てもらうことにする。……だから、それまでは薬が抜けるまでここで休むといい」 「あの自白剤は即効性だが、持続性はそれほど高くはない。持ってあと十分ほどだろう」そう兄は言っていたが、ふわふわとした頭の中ではその言葉の意味までしっかり理解することはできなかった。が、ノクシャスが来ることだけはわかった俺はうんうんと頷きだけ返す。

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