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 ――それにしても紅音君、どこに行っちゃったんだろう。  ノクシャスとともに部屋を出た俺は、取り敢えずノクシャスの後をついていくことにする。  ノクシャス曰く、紅音の体には予めもしものときのために通信機器が埋め込まれているらしい。それを確認するために、モルグがいる研究室へと向かうことになっていた。 「ったく、あの野郎……」 「モルグさん、まだ連絡つかないんですか?」 「ああ、……別に珍しいことじゃねえけどな。どうせ爆睡してるか、改造手術に夢中になってるかだな」  なるほど、と思わず納得しそうになる。  モルグらしいといえばモルグらしくはあるが、それで良いのだろうかと心配する気持ちもあったりなかったり。  というわけで苛ついてるノクシャスとやってきた研究室前。  モルグと同じように白衣姿の研究員たちは俺たちの――主にノクシャスの顔を見るとわっと嬉しそうな顔して話しかけていた。 「ノクシャスさん、ノクシャスさん自らここに来てくれるなんて……とうとう自ら被験体になってくれるということですか?!」 「ちげえよ! つうかモルグはどこだモルグは、あいつに用があんだよ」 「ああ、なんだ。室長ですか」  そう徐にがっくりと肩を落とす研究員たち。その奥の扉から同じく白衣の男が現れた。白衣の下、きっちりとスーツを着込んだその男には見覚えがある――確か、考藤だ。 「室長ならここには居ませんよ、ノクシャスさん」  糸のような細い目のその男はノクシャスを前に静かに続ける。いつぞやのバーで見かけたときのふにゃふにゃの考藤ではなく、冷たい氷を纏ったような考藤の方だ。考藤に目を向けたノクシャスは「ああ、お前か」と小さく口を開いた。 「副室長のお前がいるなら早い。頼みたいことがある」 「頼みたいことですか? 俺に?」 「ああ、俺の部下の一人がいなくなった。そいつを追跡してもらいたい」 「ああ……彼ですか」  誰とは言わないが、考藤も紅音のことは知っているらしい。他の研究員たちは知らないようだ、興味がなくなったかのようにそのまま各自自分たちの持ち場へと帰っていく。 「構いませんよ、室長からは貴方が来たら通すようにと予め承っておりましたので。……こちらへどうぞ」 「あいつ、すっぽかす気満々だったのかよ」 「そのようですね。……ですが、今回は別件が入ったようです。つい先程、呼び出しがかかって慌てて外出されていましたので」  そう先を歩き、研究室の奥へと歩いていく考藤。その奥にあったのはいかにもな薬品に溢れた怪しい研究室――ではなく、複数の機械が置かれた部屋に繋がっていた。薄暗い部屋の中、複数のモニターが浮かんでは煌々と部屋の中を照らしている。そこに映し出されているのはダウンタウンだったりこの社内だったりと様々だ。 「使い方は分かりますか」 「問題ねえよ」 「彼のコードナンバーは30156です。履歴の消去は忘れずに、ということでした」 「余計なお世話だって言っとけ」  なにかを考藤から受け取ったノクシャスはそのまま中央のモニターに触れる。空中に浮かび上がる電子キーボードを操作すれば、そのモニターは町中の定点カメラからマップのような映像へと切り替わる。  そんなノクシャスを眺めていた考藤だが、やがて「鍵は後から返してくださいね」と踵を返す。 「見張ってなくていいのか?」  そう尋ねるノクシャスに、考藤は「そんなことすれば、俺が貴方に殺されかねませんからね」と冷笑を浮かべた。  どういう意味なのだろうか、ヴィランジョークということなのだろうか。その割にノクシャスは笑ってないし、ふん、と鼻を鳴らしたっきり出ていく考藤を見送ろうともしない。  宣言通り、考藤はそのモニタールームから出ていった。二人きりになった部屋の中、俺はノクシャスが機械を操作してるのを眺めていた。 「ノクシャスさん、さっきのってどういうことなんでしょうか」 「あ?」 「ノクシャスさんが考藤さんを殺すだとか……」 「そのまま以外の他になにがあるんだよ」 「え」 「……チッ、言葉の綾だ。いちいち真に受けんな。……幹部である俺を疑う方がおかしいって話だろ」 「あいつの場合は、お前に付き合ってられるほど暇じゃねえんだよ。ってのが正解だろうがな」と皮肉げに吐き捨てるノクシャス。  もしかして二人は仲が悪いのだろうか。  なんとなくそれ以上深入りできなくて、大人しくノクシャスの作業を見守っているとどうやらなにか見つけたようだ。 「……ああ?」 「どうしたんですか?」 「ちょっと前までの記録はあったんだが……今は追跡不可状態になってんな」 「え……それって」 「面倒だな」  そう小さく舌打ちをしたノクシャスはなにやらモニターを更に操作した。  映し出されたのはダウンタウンの一角だ。どこかの電柱にぶら下がった定点カメラの映像だろうか、行き交う派手なヴィランたちの中に混ざって、赤いフードを被った人影を見つけた。 「紅音君……っ?!」 「見てえだな」  モニターの中の紅音は誰かを尾行しているようだ。時折立ち止まり、物陰に隠れていた紅音はそのままどこかの建物に入った。 「この時間帯だ、この建物に入ったのと同時に追跡不可になってる」 「この建物に行けば……」 「おい落ち着け。お前みたいなのが突っ込んでも死体が増えるだけだっての……あ?」  なにやらキーボード操作していたノクシャスは、定点カメラの映像を更に遡っていた。 「……こいつは」  そして、紅音が建物に入っていくその前の映像。急にノイズが走り、数分間の映像が途絶えている。そして更に遡れば、そこには見覚えのある人物が映っていた。 「っ、サディークさん……?!」  その建物の側、辺りを警戒するように目を向けていたサディークはそのまま正面入口を無視し、建物と建物のその薄暗い路地裏へと通っていく。その数分後には見覚えのある黒服たちがその定点カメラの映像の端をちらちらと過ぎっていた。 「サディークって……ああ、あいつか。ってことは、……なるほどな」 「ノクシャスさん、ノクシャスさんもサディークさんのこと知ってるんですか?」 「『も』ってことは、お前も聞いたのか? 安生たちから」  こくりと頷き返せば、ノクシャスはなにか考え込んでるようだ。 「ノクシャスさん、これってもしかして……紅音君もなにか関係あるってことですか?」 「さあな、わかんねえけど……あいつが絡んでんなら実働部隊に連絡しねえとな。ここから先は俺の管轄外だ」 「連絡って……」  言いかけたとき、既に通信端末を取り出していたノクシャスは「よお」と端末に向かって声をかけていた。 「安生、テメェに話がある。ちょっといいか?」  ――なんだか色々大事になってきた。  この建物に一体なにがあるのかわからないが、それでも良い気はまるでしない。  ざわつく胸の奥、俺はノクシャスと安生のやり取りを大人しく待つことにした。

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