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「この六人の中には触れた物を爆弾に変えるという能力を持っている者がいましてね、……ああ、こいつです」
「……」
「ノクシャス君、君もよく知ってるでしょう。彼のことは」
映し出された複数人の写真の中から一人、ノクシャスにどことなく雰囲気の似た柄の悪いヴィランを指差す安生。
柄の良いヴィランがいるのかと言われればなんとも言えないが、派手な身なりのその青年は人相が悪い。多分、目の前にいたら俺は萎縮してしまうだろう。そんなタイプだ。
その青年の写真を見たノクシャスは「まさか」と少しだけ驚いた。
「君の昔の部下だった彼ですよ。……今は『デッドエンド』なんて名乗っているようですが」
「デ……ッ」
「…………」
な、なんて物騒な名前なのだ……。
能力も物騒だが、ヴィランらしいといえばヴィランのような人物なのだろう。
けれど、ノクシャスの横顔を見てなんとも言えない気持ちになる。
「ノクシャスさん……」
元身内が、しかも部下となるともっと近い存在ではないのか。というか、ノクシャスさんに部下がいたんだ。とか。
色々気になることはあったが、深く尋ねられるような空気感ではない。
なんと声をかければいいのか、と狼狽えていたときだ。いきなりノクシャスはテーブルの上に残っていたラテジョッキを手に取り、それを空になるまで一気に飲み干した。そして、どん!とそのジョッキを叩きつける。今度こそジョッキが砕けたのではないかと思っていたが無事だった。
そして、辺りに甘いクリームの匂いが漂う。
「だったら尚更俺向けだろ、俺を突っ込ませろ」
「ノクシャス君」
「デッドエンドだかなんだか関係ねえよ。……裏切り者は裏切り者だ、んでこいつらは俺らに喧嘩を売ったんだからな」
そう続けるノクシャス。その目に甘さはない。
普段、比較的優しいノクシャスを見てきたからこそ、久しぶりに肌で感じるヴィランの“ノクシャス”という男の威圧感に押し潰されそうになった。
そんなノクシャスに安生は笑みを浮かべた。
「君のそういう性格、私は嫌いではありませんよ」
「じゃあ、」
「けど先程も言った通り、彼の能力と君は相性がよくない。というか、今回はノクシャス君の出番は後の方になりそうなんですよね」
「……ああ?」
びき、と苛ついたように額に青筋を浮かべるノクシャスを無視し、安生は「善家君」とこちらを振り返った。
「君にわざわざノクシャス君とついてきてもらったのには訳がありましてね」
「え、は、はい」
「善家君に少し頼みたいことがあるんです」
にこにこにこ、と営業スマイルを浮かべる安生。
まさかこの流れで俺に振られると思っていなかっただけに、嫌な予感しかしない。
あまりにも勿体振る安生に「は、はい……」と震えを堪えつつ頷き返せば、微笑んだ。
「君を囮にしてこの男を呼び出しますが構いませんね?」
『この男』と、並ぶ写真の内の一人を指差し、安生は微笑んだ。そこに写った今にも倒れそうな暗い顔の男、もといサディークに俺はひくりと喉を鳴らす。
「っ、そ、それは……」
「理由付けは何でもいいです。恐らくこの男は君からの連絡ならば反応するようなので。ですがなるべく、今までと同じような感じで誘いのメッセージなりなんなりを送りつけていただきたいのですよ」
「……っ、サディークさんを、捕まえる……ってことですか?」
「結果的にはそうなりますが、その前に彼にはやっていただきたいことがいくつもありますので……ちょっと軽く脅す感じと捉えていただいて結構です」
俺に配慮してるつもりなのか。
言葉を選ぶ安生だったが、今までの会話の流れからして物騒な予感しかしない。
「大丈夫ですよ、君はただメッセージを送るだけでいいんです。なんなら、端末を貸していただければ私が君の文体をコピーして送りますよ」
にこ!とこちらへと手を出してくる安生。つまりそれはそこに俺の意思は関係なく、お前が嫌がるのならお前のタブレットを取り上げるからなという圧しか感じない。
「おい安生」と咎めるように口を開くノクシャス。
「おや? 勘違いしないでください。何度も言ってますが、私は善家君に危険な目に遭わせるつもりは毛頭ないのですから」
「っ、安生さん」
俺はスーツのポケットに決まっていたタブレット端末を取り出した。
「サディークさんには俺から連絡します」
「おや、本当ですか?」
「はい、その代わり……お願いがあります」
俺の言葉に、薄く開かれた安生の目がこちらを向いた。
安生は時折酷く冷たい目をする。背筋を凍りつかせるような冷たい目――それはどうしても極悪ヴィラン、ニエンテの影を想起させるのだ。
怖くないわけではない。緊張もするが、ここで決めなければ恐らく後悔するだろう。
俺は真っ直ぐに安生を見つめ返す。そして、
「もしサディークさんを捕まえたら、そのときは俺にも話をさせてもらっていいですか」
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