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ノクシャスに連れられてやってきたのは食堂だった。二階の個室を貸し切り、相変わらず山のように届けられる料理をどんどん平らげていくノクシャスと紅音を眺める。
「ふ、二人ともすごいですね……」
「ああ? おい、良平お前全然進んでねえじゃねえか」
「あ……俺はあまりお腹減ってなくて……」
「後から腹減っても知らねえからな」
この二人の食べっぷりを見てるだけで腹が膨れるくらいだ、多分その心配ないだろう。
紅音も、余程腹が減っていたのだろう。元気に食べてる姿を見て人まずは安心した。
「……んで、なんだっけか?」
「あの、紅音君の記憶の話ですよね」
「ああ、途中で途切れたってやつな。……にしても、やっぱ単独行動はまだ早えみたいだな」
どろりと溶けたチーズで生地の部分が見えないピザを口に放り込みなが爆弾を投げていくノクシャスに、「ええ?」と紅音は声を上げた。
「ええっ? じゃねえよ、当たり前だろうが。そんなんで巡回させられるかよ」
「う、それは……」
「しかもお前、一緒にいた相方も置いて行っただろ」
「え。トリッド、そんなことしたの?」
「あれは相方ってより監視だったし、それにあの人、俺の行動制限してこようとするし……」
ノクシャスの言葉に驚けば、紅音はごにょごにょと口籠らせる。
なるほど、と納得する反面意外とも思った。俺の中での紅音は、学生時代の優等生のイメージがあったからだ。
随分と思い切ったことをするんだなと驚いたが、もしかしたらただ単に俺が紅音のこういった面を知らなかっただけなのかもしれない。
それとも、ヒーロー時代のなにかしらの影響が出ているということなのか。その可能性はあまり考えたくはなかったが。
「ったく。こういうときがあったとき、すぐ対応できるための相方だろうが」
そんなノクシャスの言葉に紅音は言葉に詰まる。そして反省したらしい、しゅんと、項垂れた紅音は「……すみませんでした」と頭を下げた。
「おー反省しろ反省しろ。それと、こいつにも礼言っとけよ。……お前が倒れたって聞いて飛び出そうとしてたんだからな」
肝心の拉致されたことは伏せることになってるようだ。あくまでも紅音は気絶し、検査のために入院したと紅音に伝えるノクシャス。
そんなノクシャスの言葉に、「え」と紅音は目を丸くしてこちら見る。
「善家、心配してくれたのか?」
「するよ、もちろん。……最初聞いたときびっくりしたんだから、君がいなくなったって聞いて」
「そうか……それは、ごめんな」
眉尻を下げる紅音。俺が兄が行方不明になって気にしていたことを知ってるからこそ余計、もしかしたら紅音は悪いと思ってるのかもしれない。
責めるつもりはなかったし、どちらにせよサディークのこともあったから紅音だけのせいではない。「今度からは一人にならないでね」とやんわりと声を掛ければ、「わかった」と紅音は素直に頷いた。
「おい、なんでそいつの言うことには素直に聞いてんだよ」という苛ついたようなノクシャスの目が痛い。
「そうか、そうだったんだな。……だから善家が見舞いにきてくれたのか」
「勿論それもあるんだけど……トリッドに伝えることもあったから」
「伝えることだと?」
俺の言葉に最初に反応したのはノクシャスだ。
紅音の態度の差にすっかり面白くなくなったらしい。拗ねた顔で残ったピザを口に詰め込み、ハムスターのように頬を膨らませながら追加注文していたノクシャスはこちらを見る。
「はい。えと、ノクシャスさんはもしかして聞いてないですか?」
「なにがだよ」
「その、俺の新しい担当がトリッドになるって……」
「担当?」と小首を傾げる紅音の横、ノクシャスは「なんだと?」とテーブルを乗り上げてくる。その圧に思わず潰されそうになりながら、「俺もこの前聞いたばかりなんですが」と声を絞り出した。
「なあ、なんだよその担当って」
「あー……なんというか、『最近仕事のことで困ったことないですか?』とか聞く人みたいな感じかな」
「相談役? 善家が? ……俺の?」
まだ言葉を飲み込めていないようだ。言葉を咀嚼するように繰り返していた紅音。
もしかしたら少しは喜んでくれるだろうか、などと自惚れた想像を働かせていただけに予想とは違った紅音の反応にハラハラする。
「……あ、い、嫌だった……?」
恐る恐る尋ねれば、紅音はぶんぶんと首を横に振った。
「……いや、すげー嬉しい」
そして、満面の笑みをこちらに向けてくる紅音に釣られて「俺も」と頬が緩む。
営業部の人たち皆悪い人たちではないと思うけど、それでも紅音の担当に選ばれるのが自分でなければやはり気にはなっていた気もする。
「はあ、確かに事情が事情っつったってなあ……それ言い出したのあのオッサンだろ?」
「えと、貴陸さんです……」
「何考えてんだ? それとも、上からの指示があったってか? ……ボスらしくねえな」
貴陸が俺と紅音の関係を知った上で抜擢してくれた、というよりもどちらかといえば同じ入社時期が浅い者同士を合わせてくれたという感じだった。
ノクシャスの様子からして言わずもがな、反対らしい。俺も俺で胸を張って『全て俺に任せて安心してください』などと言えるほどの経験もない。
「……やっぱり、ノクシャスさん的には心配ですか?」
「そりゃあな。お前ら危なっかしいしな」
「う……」
「けどま、俺にちゃんと面倒見ろってことなんだろうな」
そして自己解決したらしい。追加オーダーで運ばれてきた料理皿を受け取り、代わりにタワーのように積み重なった空いた皿を配膳ロボに回収させるノクシャス。
確かに、何かあったときのためノクシャスもいてくれた方が安心する自分もいた。
――けど、いつかノクシャスさんに安心して紅音君を任せてもらえるようになりたいな。
なんて、俺は人知れず闘志を燃やすのだった。
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