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その後一度、紅音の身体機能に不調はないかを確認するために俺達はトレーニングルームへと向かうことになった。
相変わらずトレーニングルームでは昼夜問わず体作りが好きなヴィランで溢れかえっているようだ。
ノクシャスを見るなりわらわらとやってきていたヴィランたちは紅音を見るなり、「おい、兄貴の手を焼かせんじゃねーぞ!」と早速絡んでいたのでヒヤヒヤしたが、ヴィランなりのコミュニケーションのようだ。「分かってるよ」と言い返しては、やいのやいのと盛り上がってるヴィランたちを見てほっとする。
ノクシャスが面倒を見てることもあってか、既にヴィランたちの中では紅音はある意味有名人のようだ。ヴィランたちの輪に入り、そのまま運動を始める紅音。
そんな紅音を俺とノクシャスは近くのベンチに腰を下ろして見守ることになった。
「トリッド、元気そうでよかったです」
「あいつは元気無いくらいでも丁度いいくらいかもな」
言いながら、ノクシャスは何かを記録しているようだ。相変わらずなノクシャスだが、言葉に険はない。つられて頬を緩める。
――それにしても、と俺はタブレットをちらりと確認した。
サディークたちを捉えたあと、その後についての連絡は未だ来ていない。兄には一通り説明はしたものの、やはり不安にならないと言えば嘘になる。
長引いてるのだろうか。ナハトもモルグもなにやら忙しそうだったし。
「……」
「……」
ちらりとノクシャスを見る。
そこで、俺はデッドエンドとのやり取りを思い出した。
……ノクシャスにデッドエンドのことを聞くの、タイミング的には丁度いいのかもしれない。
「あ、あの、ノクシャスさん」
「あ?」
「……デッドエンドさんのことについて、聞いてもいいですか?」
恐る恐る、その巨体に体を近付ける。念の為周りに人がいなくなったタイミングを見計らったが、ノクシャスは鋭い目でこちらを見るのだ。そして、
「駄目だ」
「え……」
「――つったらどうすんだよ、その聞き方」
「因みに俺は全然言うからな」とノクシャス。どうやら例え話だったらしい。
が、なんとなく躱されているような気がしてぐっと俺は拳を握りしめた。
「そ、それでも……聞きたいです」
「……じゃあ勝手にしろ」
……これは聞いても良いってことなのだろうか。
ノクシャスにとってデッドエンドの話題はあまり触れられたくないのだと思っていたばかりに、あっさりと許可をくれるノクシャスに俺は驚いた。
「あの、場所とかは変えなくても……」
「ここで構わねえよ。どうせ、ここにいる奴らは大体知ってるからな」
仲間を信頼してるのか、それとも俺の口から出てくる言葉が予想できてるのか。――もしかしたらその両方なのだろう。
俺は「分かりました」と頷き返した。とは言えど、言葉は選んだ方が良さそうな気はする。
紅音は可愛がられてはいるが、俺は他のヴィランたちとの交流はそれほどない身だ。
「あの、早速ですが……デッドエンドさんってノクシャスさんの部下だったんですよね」
「ああ、そうだ。」
「デッドエンドさんにその、すごく慕われてたとお伺いしました」
改めて言われてみれば、デッドエンドからはこのトレーニングルームにいるノクシャスを慕うヴィランたちとどことなく同じ雰囲気を感じる。言動そのものは粗暴で気性は荒そうだが、仲間意識が強いというか、少なくとも冷血漢ではないと感じる。
そんな俺の言葉に、ノクシャスはなんだか妙な顔をする。そんなことか、というような顔だ。
「慕われてた、っつーより、懐かれてたって感じだけどな。犬みてえに」
「くお……トリッドみたいな感じですか?」
「はっ、あいつよりかはまだ従順だったな」
デッドエンドと従順と言う単語が結び付かないが、確かに言われてみれば今でもデッドエンドはノクシャスに対して兄貴呼びしていた。安生やナハトは呼び捨てだったのに。
紅音よりも従順だったデッドエンドがあんなことになってしまうほどショックだったのだと思うと、なんだか悲しくなってしまう。
つい言葉を失う俺の代わりに、今度はノクシャスが口を開いた。
「んで、あの馬鹿に人質にされたって聞いたぞ。……あいつと会ったんだろ?」
「はい。……お話も、しました。少しだけですけど」
「なんか聞いたのか」
「……デッドエンドさんがここを辞めさせられた理由について、少しだけ」
「ま、んなことだと思ったがな。……わざわざあいつの名前出してくるってことは」
再び顔を正面に向けたノクシャスは、よくわからない体操の機械でぐるぐる回ってる紅音を眺めながら「なんて聞いたんだ?」と静かに尋ねてくる。
どこまで言うべきか悩んだが、ここで下手に嘘を吐いたらノクシャスにも失礼なような気がした。
「あの、詳しくは聞いてないんですが……デッドエンドさんは濡れ衣だって。それで、それからこの会社を恨むようになってから人が変わったと」
俺がそう言い終えたとき、明らかにノクシャスの周囲の空気が変わるのを肌で感じた。ピリつく雰囲気に、ノクシャスに話しかけようと近付いていたヴィランも空気を呼んでそのまま引き返すくらいだ。
ノクシャスが『濡れ衣』という部分に反応したのは明らかだった。
「濡れ衣、な」
「ノクシャスさん、……その、差し支えなければお伺いしたいんです。デッドエンドさんが辞めさせられるきっかけになったときの話を……」
「お前が聞いてどうすんだ?」
「……もし免罪が事実だったら、デッドエンドさんの処遇も変わるのではないかと――」
言いかけたとき、ノクシャスが立ち上がった。そして、視界が暗くなる。こちらを
見下ろしてくるノクシャスの顔が怖くて、思わず手に持っていたタブレットを抱き締める俺。
「の、ノクシャスさ……」
「あいつに何言われたか知らねえが、だからといって今回やったことには変わりねえ。俺らに――ボスに喧嘩売ったんだ、あいつは」
「そ、それは……そう、かもですが……」
「良平、お優しいのは結構だが、相手を間違えんなよ。少なくとも、恩を仇で返すようなやつは俺は許せねえ」
「……っ、ノクシャスさん……!」
そのままベンチを離れていくノクシャスにつられ、慌てて立ち上がった俺はその後ろ姿を追いかけようとして、「付いてこい」とノクシャスは口にした。
てっきり置いていかれると思ったが、どうやら場所を変えるということだったらしい。近くにいたヴィランに「少しトリッドのやつを見ててくれ」と声をかけ、そのままノクシャスはトレーニングルームの奥にある扉を開くのだ。そして、無言でこちらを見る。
入れ、ということのようだ。怖じ気づきそうになる自分に発破を掛け、俺はノクシャスの前を通って扉の奥へと足を進めた。
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