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02
どうやら俺はいつの間にかに眠ってしまっていたようだ。
次第にハッキリとしていく意識の中、なにか硬い感触が触れた。
「ん……?」
ほんのりと熱を持ったそれに包み込まれるようなそんな心地よさの中、次第に意識は覚醒していく。
指先に当たるのは硬く、骨っぽい感触。
……骨?
「……」
まさか、と思って目を開こうとした矢先、伸ばしかけた手首を取られ、俺は目を見開いた。
そして、すぐ目の前にあった端正な顔に息が止まりそうになる。艷やかな黒髪、そして睫毛に縁取られた切れ長な目。
「あのさぁ……いつまで寝惚けてんの?」
「っ、な、ナハトさ……ん゛?!」
――まさか、これは夢なのか。
あまりの近さに慌てて離れようとしたところ、ベッドから転がり落ちそうになる俺の体をナハトは抱き止める。
そこで、俺はここが自分の部屋だということに気付いた。
「な、ナハトさん……なんでここに……」
「俺の役目がなんなのか、もしかしてもう忘れたわけ? 鳥頭すぎない? それともあの男に膝枕なんてするほど平和ボケなの?」
「あ……」
畳み掛けてくるナハトの言葉に、断片的ながらも記憶が蘇ってくる。
そうだ。俺、紅音の部屋にいたんだ。紅音の話を聞くために……そして、そして?
「ムカついたから催眠ガスを散布して眠らせて連れて帰ってきた」
「え……っ?!」
「え、じゃないし。当たり前でしょ。……アンタ警戒心なさすぎ。無防備。平和ボケすぎ。なんのために俺が見てやってると思ってんの?」
ナハトの言葉と態度から理解するが、ということはあのまま紅音を残してきたのか。
驚きのあまり固まる俺に、更に面白くなさそうな顔をしたナハトは俺の頬をむぎゅ、と引っ張ってくる。ナハトさんは俺の頬をおもちゃかなにかと思ってる節があるかもしれない。
「ぁ、あう……ごめんなひゃい……れも、おひほとでひて……」
「あいつの担当ってのは知ってる。……はぁ、ノクシャスのやつも大概平和ボケし過ぎ。いくら最近大人しくても、あいつは元あっち側の人間ってのに」
「にゃはとひゃん……」
「そもそも俺、寝るなら自分の部屋で寝ろって毎回言ってる気がするんだけど?」
ナハトの怒りの原因も概ね理解できた。
久し振りのナハトの再会がこんなことになってしまうとは、迂闊だった。
「ご、めんにゃひゃい……」
「誠意が足りない」
「うぅ……ごめんなさい、ナハトさん。あの、お疲れのところにお仕事増やしてしまって……」
ようやく頬を離され、些か伸びたような気がする頬を撫でながら俺は深々と謝罪すれば、ベッドに腰を下ろしたナハトはそのまま俺をじとりと見下ろす。
「本当それ。……久し振りに迎えに行ったらこれだし、油断も隙きもなさすぎじゃない?」
何を言っても今のナハトの機嫌が直ることはなさそうだ。ごめんなさい、と項垂れていると、ナハトはそのままふい、とそっぽ向く。
ナハトと色々話したいことあったのに、初手怒りのナハトから何を話そうとしていたか分からなくなってしまった。
ここは大人しくしておいた方がいいかもしれない、とちらりとナハトの様子を伺ったとき、思いっきりナハトと目があった。
そして、
「……で?」
「……え?」
「俺のことは癒やしてくれないわけ?」
「………………あ」
「あ、じゃないし。何、あ、って」
……これはもしかして、ナハトさんなりに甘えているということなのだろうか。
ナハトが膝枕のことを言ってるのだと気付いたとき、顔面に一気に熱が集まった。
というか、何故言い出しっぺのナハトさんもやや照れているのか。
「な、なんで……」
「なんでって、アイツが良くて俺は駄目なわけ?」
「そういうわけじゃないですけど、その……っ」
「……アイツだけ特別扱い、なんて言わないよな」
少しだけむっと眉を寄せるナハト。そろりとこちらに顔を寄せてくるナハトに至近距離から見詰められ、首から上に熱が一気に集まってくるのがわかった。
駄目だ、やっぱりナハトさんは心臓に悪い。
紅音のときはこんなにドキドキしなかったのに、なんでだ。
「……っ、ぁ、あの、……膝枕、したいんですか?」
「……………………」
「あいたっ! ……な、なんでつつくんですか……?!」
「腹立ったから」
「ええ……っ?!」
「……それくらい、言わなくても察しろよ」
そうむくれるナハトは珍しく年相応の少年のようにも見えてしまう。
そんなナハトに心臓がぎゅうっと締め付けられ、俺はというともうどうしていいのか分からなかった。
落ち着け、また変なことを言ってナハトさんの逆鱗に障るようなことはしたくない。
「あの、ナハトさん」
「……なに?」
「ど、どうぞ……?」
そう、ナハトに向かって手を広げる。どこからでも来てください、という意を表する俺に対して、ナハトの反応はというと眉間に刻まれる皺一つ。
「疑問系なの腹立つ」
「あ、うぅ……ナハトさん、来てください……っ! お願いします!」
「…………まあ、許してやる」
今のはいいのか、と思いながらもそのまま俺の腕の中に入ってくるナハト。瞬間、ナハトの体温や骨っぽくもありしっかりと筋肉で覆われた体、その硬さがより鮮明に伝わってきて、心臓が一気に騒ぎ出した。
「……おい、心音煩すぎ」
「う、う……ナハトさん……これ、結構キツイかもしれません……し、心臓が……」
「あいつの時は頭撫でるなんてサービスまでしてたくせに?」
「く、紅音君とナハトさんは違いますから……っ!」
「は? ……なにそれ」
あ、まずい。言葉の選択を間違ってしまったかもしれない。
ぴしりと凍り付くナハト周辺の空気に、俺は慌てて首を横に振る。
「紅音君は、友達です……けど、ナハトさんは……その、と、特別……ではあるので……」
「……ふーん」
あ、ナハトさんの眉間の皺が消えた。
言葉を聞いて安心したのかもしれない、先程までの殺気のようなオーラは消えて満更げな顔をするナハト。白くすらりとした指先がこちらへと伸びてきて、「まあ、そういうことにしてやるよ」とナハトは俺の横髪を耳に掛けるように撫でるのだ。
「……っ、ん、ナハトさん……あの、お疲れなんですよね……?」
「今元気になった」
「ほ、本当ですか?」
「うん。アンタのアホヅラ見てたらどうでもよくなるから」
……それは、褒めてくれてるのだろうか。
「ありがとうございます」と言い掛けて、そのままふに、と唇を撫でる指に体が震えた。
ナハトといるとやはり、ナハトのペースに飲まれてしまう。その目に見つめられてるだけで、触れられているだけで、とろりと甘い空気に流されてしまうのだ。
唇を開き、恐る恐るナハトの指に舌を這わせれば、ナハトは眉を寄せて笑った。
「……っ、それ、どこで覚えてきたの?」
「ん、わ……っ、わかんないです、けど、……つい……」
ちゅぷ、とナハトの指先に甘く吸い付き、キスをしたところで、そのまま口の中にねじ込まれる指に「んんっ」と堪らず声が漏れた。
「っ、は、ん、む……っ、な、はとさ……っ」
「俺の指はそんなに美味しいわけ?」
「……っ、ん、ふ……っ」
ちゅぶ、と濡れた音を立て、咥内の粘膜から滲む唾液を絡み取るナハトの指。
その指に舌を捉えられ、そのまま柔らかく舌を引っ張られれば「ひゃひ」と無意識に言葉が漏れていた。ぽたぽたと唇の端から溜まった唾液が溢れ、落ちていく。それを目で置い、ナハトは笑った。
ああ、やっぱり俺は笑ったナハトはもっと好きなのかもしれない。
そんなことを思いながら、重ねられる唇を舌を出して迎えた。
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